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KIYA-HEN CLUBLOG 2016年度版  「ヤバイよっ!」って言われても、言っちゃうんだけどさ…。(笑)
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昨日誕生日でした。
48歳になりました。
沢山の人から、お祝いのメールやメッセージを頂き、感謝感激雨あられ状態です。w

メッセージやお祝い下さった皆様ありがとうございました。

言うまでもなく立派にオッサンですが、中身が殆ど20代の頃から変わってなくて、自分の実年齢と気持ち年齢のギャップに時々驚く始末です。

さて今年は、何年か前の「大パーティー」とは打って変わって、物静かな誕生日を迎えました。
で、誕生日の日に毎年思うことがあります。
人生80年と言われている昨今。
ウチのお袋は55歳と言う若さで亡くなりました。

「自分は55歳まであと何年?」

これです!w
毎年言ってます!w
取り敢えずあと7年に迫りました。w

このお袋他界のインパクトは20年経っても色褪せず、むしろ自分がその年齢に近づけば近づくほど、そのインパクトは年々強くなってゆきます。
これはかなり強力なトラウマになってます。www

お袋が死んだあの時、オレを含めたお袋を取り巻く人々の何かが壊れました。
お袋は、多くの人を橋渡していたターミナルみたいな感じで、そのターミナルが有る日突然失われると、お袋と言うターミナルを介して繋がっていた人たちが見事にバラバラになり、それぞれ別な新しいターミナルに接続されて、相関関係が様変わりします。
このターミナルってのは、コンピューターなんかで複数の端末で情報をやり取りする時に、個々の端末を繋ぎ留めておく重要なパーツなんですが、同時に医学用語では死を待つ末期患者を指す言葉だそうですね。w
お袋は正にターミナルと化し死んでいったわけですが…。
ま、人が死ぬってことはそういう事なんだなと、おぼろげながら感じております。

あれから20年。

オレも、お袋、親父、祖母と、肉親の誰かが亡くなる度に、そのターミナル(接続先)を失い、どんどん孤立して行く自分を感じています。
その分、外に向かって開放されている自分を同時に感じています。

と言うより、オレは自分自身が友達やバンド仲間のターミナルに成りつつ有ると感じています。
それは、同時に孤独でもあるわけです。
一人で居るということは、自由を満喫できるが、その分孤独も満喫せざるを得ないわけですね。

でもオレは、孤独が好きみたいです。w
ガキの頃から一人で遊ぶのに慣れています。
それに、お袋の息子ですので、ターミナル気質は受け継がれているのでしょう。
つーことは、お袋は実は孤独だったのでしょうね。

オレがまだガキだった頃、もう何もかもが嫌になってお袋に八つ当たりしたことがありましてね。
その時のお袋の態度というか、なんというか、通常とは全く違う、何処か思いつめたような、オレの問題ではなく、なんか自分の問題と戦っているようなそんな空気を感じたことがあります。
お袋はその時、家族や親戚のターミナルとして存在している自分を感じ取ったのかも知れません。

表面的には多くの人に囲まれて楽しげな一族に見えるかも知れませんが、その全ての人を繋いでいたお袋はむしろ孤独だったのかも知れません。
お袋も誰かに繋がりたかったのかも知れません。
なのにお袋には自分が繋がる事ができる、自分より大きなターミナルを見つけられなかったのでしょう。

オレと言えば、最近は目も見えなくなり、老眼だなと思いながらも、認めたくない気持ちでいっぱいになり、現実を省みてはため息をつく日が多くなりました。
夢も希望もまだまだ残ってますが、それを実現しようとするパワーは年々失われてゆくようです。
これが老いるということなのか?と自問を繰り返す毎日です。

別に悲観論者でも、自殺志願者でも無いですが、無理に長生きしたいとも思いません。
仮に今死んでも悔いは無いからです。

貧乏ですし、大したことはやれてませんし、何も残せません。
しかし、十分我がままに、好き放題やって生きてきました。
もう十分だなと思う日が多くなっています。

諦めてる訳ではないのですが、ガッ付いてもいません。
自然の流れにまかせているというか、変なバイアスを掛けたくないと言うか、ベストな状態は外圧がない状態じゃないかと思うように成ったわけです。

必要な細工は施すでしょうが、過剰な細工をする気は毛頭ありません。
必要なときに、必要なだけ力を使えば、あとは自然に任せるのがベストだと思うように成ったんですね。

無理に方向修正しながら腕ずく力ずくで物事を進めるのは、やはり若者の特権だなと。
でもそれは往々にして受け入れがたい状態も創りだす。

人は受け入れられてナンボじゃないかなと。
人は、大なり小なり誰かとつながっており、それぞれがターミナルの役目を果たしています。
とすれば、誰にも受け入れられずに一人孤独に生きるのはあまりに辛い。

ターミナルは孤独だが、誰かが繋いでくれてるからこそ、その存在意義があるわけです。
オレは孤独は苦じゃないが、ターミナルとして誰にも受け入れられてないのはやはり辛いわけです。

そんな事を部屋で一人ぼやぼや考えてる48歳の誕生日でした。



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