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KIYA-HEN CLUBLOG 2016年度版  「ヤバイよっ!」って言われても、言っちゃうんだけどさ…。(笑)
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バンマスである谷藤氏より、「感想をきかせろ!」と言う事で頂いてきた。
  
早速聞いてみた。
 
ふ〜む。なるほど。
オレも元Recallなので、手放しで褒める訳にはいかない。w
むしろ、粗探しをする立場だろうて…。
オレはこの谷藤氏とほぼ同世代で、まして数年一緒にRecall演ってたこともあるので、彼の育ってきた音楽的環境がなんとなく解ってしまって、だからこそ音の裏に隠れた意図が見え隠れしちゃったり、粗も見つけちゃったりする訳ですよ。w
 
先ずはこのアルバム名義だ。w
 
演者の名義が「R-2」でタイトルが「Recall」らしい。w
これはCDをiTuneに読み込ませるまで気が付かなかった。
てっきり、RecallのR-2と言う新譜だと思ってたら違った。w
この辺の小細工が小憎らしい。www
 
まぁつまり、コンセプトとしては「R-2と言うユニットがRecallをカバーした。」って体なんだろう。
きっと…。w
 
しかし、そうなるとあまり粗が目立たない。
無いとは言わないが、目立たない。
個人的には、選曲とか幾つか注文付けたいところはあるのだが、「R-2であってRecallではない」と言うなら、そんな選曲もクソもないのだ。
多分、普通に聞いてる人には気が付かない部分なので、全体的な感想を述べるとライナーノーツにある石川さんの言葉通り「いいアルバムができました」って言うことだと思う。
なので、辛辣なことを書くのは止めようかと思ったんですが、それでは内輪としての職務を全う出来ないので、敢えて重箱の隅を突くような行動に出ます。www
 
以下、重箱の隅…w
 
●最初に気になったのはアルバムの選曲。
オレとしては「カツゲンは要らねーだろ?」って思う。
この曲は初期Recallの曲で、オレもアレンジさせてもらった曲だが散々やってる。
だから「今更其れを持ち出すんか?」感が満載だ。
しかし「R-2としては初のアルバム」だから、このRecallの代表曲が入ってても良いじゃないかって意見もわかる。
だから、こう言う小賢しい設定は嫌いだ。www
 
 
●Juvenileはオレが居た時代のRecallの曲だな。
このアレンジを考えるのに、オレはとにかくインパクトが欲しかった。
まぁつまり、オレじゃなきゃ出来ないだろ?他の誰が演ってもこの曲は再現できないよ!?みたいな優越感ね。www
 
そんな曲がすっかりと枯れて良い感じにレイドバックしてる。
 
けど、この曲でデルタブルーステイストのギタープレイはちょっとどうかな?って思うんだがね。
だって、流石にベドウィンはミシシッピでチャイは飲まないだろう?w
そもそもの歌詞は中東をイメージさせる内容な訳で、曲のタイトルや歌詞の内容から「アラジンの魔法のランプ」とか「アラビアのロレンス」とかを連想するのが正しいと思うわけ。
けして「トムソーヤの冒険」とか「風と共に去りぬ」とか思い出しちゃマズいわけよ。w
そういう意味でね、オレはちょっと悲しい気持ちがある。
歌詞って大切なのよって部分でね。
 
  
●何度も言うがカツゲンはもう要らないだろ?これ以上飲んだらお腹壊すよ!?www
ってくらい聞き飽きた。w
良い曲だと思うが、美味しい料理でも毎日出てきたら飽きるだろ?
Recall絡みのアルバムで毎回出てくるこの曲は、もうお腹いっぱいである。
アレンジも散々やったはずで、フォーク調、AOR調、ニューミュージック調、ロック調、これ以上どうする?w
どうせ演るなら今度は民謡調とか長唄調とかにしてくれよって思う。www
 
 
●「EVERYTIME YOU GO AWAY」はPAUL YOUNGでいいのかな?
ライナー見ると、DARYL HALL&JOHN OATESバージョンみたいなんだけど、結果的にポール・ヤング的テイストに成ってしまっているのが興味深い。w
ただし、どちらのバージョンよりもよりエスニックに成っているけども。w
これを日本のものとしないでエスニックな国籍不明的アジアンテイストにしたのは正解だと思う。
アジア人のアイデンティティを大切にするって事はそういうことだと思うんだよね。
 
 
●Cry Baby Cry ~2016 Ver~、これはJJの曲かな?
正直、原曲を知らないのでどうしたもんかと思うが、コレを聞く限りこの次の「陽炎の〜」と、この曲は、一番今のRecallらしいサウンドに仕上がってる。
このアルバムの中でこの2曲は普通のRecall作法で仕上がってんじゃないかな?
沖田くんアレンジだろうなって思うギターも沢山使われてて、安心する仕上がりではある。
このアコースティック感がRecallの真骨頂だとは思う。
同時にRecallはロックバンドではないことの証明にも成っていると思うんだ。
だから、オレが参加して無理やりロックへ近づけようとしたのはやはり間違いだったって思えるサウンドだよね。
ただし、あの時期があったからこその、このアコースティック感の完成度だと思うんだよね。
ソレ以前のRecallのアコースティックは四畳半フォークのテイストだった事を考えると、これはバンドとしてかなりの進歩だと思うわけ。
 
 
●陽炎の立つ街で ~2016 Ver~もね、Cry Baby Cry ~2016 Ver~と同じ感想なのよ。w
これは、沖田くん時代の曲みたいだけど、曲のテイストはCry Baby Cry ~2016 Ver~と同じに作られてる。
このアレンジをRecallのライブで演るのかどうかは知らないけど、コレはコレで良い感じに世界観が見える。
なんつーか、風景が見える曲だと思うわけ。
サウンドは現代のものだが、風景は昭和40年代の色なのよ。
都会なんだけどセピアっぽい感じ。
新宿の古い映画館で、古い名作の白黒映画を見てて、映画が終わって外に出ると現代の今の新宿の雑踏の中なんだけどね。
そんな中家路につくわけだが、今見た映画を思い返してて現実の風景と気持ちの中の風景を一生懸命シンクロさせようとしながら電車に乗ってる感じ。
でも電車の人混みの中で、まだ自分だけ映画の世界から帰って来れてない孤独感みたいなね。www
 
この風景が見えるってのは、アルバムには大切な要素だともうわけ。
コレをこなせるミュージシャンはメジャーのプロでも中々居ないから、これを表現できるのは凄いことだと思う。
加えて、このアルバムの中ではこの曲が一番いいと思う。 
 
●最後の「それはスポットライトではない~It's Not The Spotlight~」。
日本語タイトルを採用してることで、ロッド・スチュワートではなくて、浅川マキバージョンであることは想像に易いが、浅川マキバージョンよりも更にシンプルにされていて、後半はやはりブルース長に成ってしまう。w
沖田くんのブルースギター、確かに上手いんですよ。
けど、オレにはもっと別次元での違和感がある。
  
 
●全体を通して思うのは、沖田くん節が炸裂してるってこと。w
「ブルース好きなんです!」ってギターが言ってる。
今までJJ時代も含めて、ココまでブルーなサウンドに成ったことは無いんじゃないかな?
ライナーにも有ったが、沖田くん評としては、「面倒くさいやつ」とか「拘る人」とか言われてたが、オレも其れには同調する。w
彼は「拘り」が強いと思うんだよね。
まぁ良くも悪くも、全部沖田くんの世界観が全面押し出てて、谷藤さんのボーカルがメインなのか、沖田くんのギターがメインなのか?って感じが多々ある。
つまり、二人が好き勝手に歌って演奏してる感じで、全体のアンサンブル等あまり考えてないんじゃないか?って位自由に演奏してる。しかし、その疑問は「これはR-2のアルバムである」ってことで解決してしまう。
観点を変えると「R-2」であることで、二人の「合同ソロアルバム」みたいなテイストに成ってる。
 
谷藤勝彦のソロアルバムであり、沖田真理のソロアルバムでもあるってことだ。
やはり狡いぞ!谷藤!w

  
●意外だったのは、先にも書いたが全体にブルーステイストに成ってることだ。
これは、賛否の別れるところだと思う。
「谷藤氏の新たな挑戦としてのブルースへのオマージュなのか、それとも……」
みたいな感じ。
オレはここまでステレオタイプなブルースプレイは自分でやるにはちょっと恥ずかしい。w
「一般的な日本人が思うデルタブルース」という形で、所謂ブルースファンから見るとかなりデフォルメされたサウンドだったりフレーズだったりする。
「Juvenile」のイントロや、「それはスポットライトではない~It's Not The Spotlight~」の後半部分なんかは、まさに普通の日本人が思うデルタブルースのスタイルで埋められている。
「それはスポットライト〜」の間奏には、ディキシー風の口トランペットなんかも登場してて、ちょっと笑わせてもらったけどね、逆の見方をすると、この辺の消化具合はどうしたものか?と思ってしまう。
プレーヤーの技量の所為ではなく、意図してやってる(好きでやってる?)と思うので、このチョイスは何?ってちょっと思う。
 
 
●そもそもブルース、しかもデルタブルースを日本語でやるってのはどうなの?w
音楽って、究極はリズムなんですよ。
現代音楽におけるリズムってのは、そもそも言葉から生まれてるんです。
だから、ブルースがブルースで居るためには、その言葉のリズムを継承しなきゃいけない。
つまり、英語で歌うべきなんですね。
だから谷藤氏も一応、「それはスポットライト〜」の英詩の部分でブルーステイストに切り替えたんだと思うわけです。
 
歌はその言葉があるからそう聞こえる訳で、日本語でどんなに巧みにブルース演っても、結果ブルースに聞こえないんですよ。
だからそれを演ってしまうと「陳腐ですね」って言う感想になってしまう。
 
この辺はね、日本人のアーティストがもっと気にすべき部分だと思うんです。
ここを解決しないと単に「低レベルな、洋楽のモノマネ」に成ってしまうだけで、ちゃんと消化されてるとは言い難いと思うんですわ。
 
とは言いつつも日本語でブルース歌ってもいいと思うんですわ。w
但しそれは「淡谷のり子」みたいに成るってことであって、「ロバート・ジョンソン」みたいに成ることじゃないんですよね。
ココを真摯に受け止めることで、迷走を避けることが出来ると思うんですよね。
これを間違うと迷走した後、陳腐に成る。
 

話が逸れましたが、そういう意味では、このアルバムには若干の迷走感が漂ってると思うんですよ。
それがサウンドに出てしまってるところも多々あって、これは隠せないんだなみたいなね。w
普通に聞いてたらわからないと思うけど、オレは感じちゃうんですよね〜。
 
 
●「R-2のそれは遊びだよ」って意見もあると思う。
宇多田ヒカルが「R&B」だと言われて、いつの間にかアレがR&Bだと誤認されてしまう国ですから、そういうのも有りなのかな?と思う反面、ソレを許してしまう風潮がいつまでもグローバルになれない田舎国家である理由でもあると思うわけです。
例えば、日本の民謡や演歌を英語で歌われたらどう思うか?ってことを考えたらオレが言わんとしてることが理解できると思うんです。
道民ならソーラン節を英語で歌われて、それをソーラン節として認められるか?って部分に抵触する話です。
逆にその未消化な感じを意図的にやってるならば、ちょっと洋楽やブルースに対するリスペクトが足りなくないですか?って思ってしまう。
 
いとしのエリーをレイチャールズがカバーしてアメリカでヒットして、結果マリーナ・ショウのYou Taught Me How To Speak In Loveのパクリだろ?って事が暴露されて訴えられたりして騒いだ話は覚えてると思うけど、サザンオールスターズの桑田さんのあのボーカルセンスは秀悦だと思うわけ。
確かにYou Taught Me How To Speak In Loveのパクリと言われれば其のとおりですねとしか言い様がないんですが、逆に言えば、そのMarlena Shawのテイストをあそこまで日本語に置き換えた技量は凄いと思うんですね。
言葉の壁をある意味乗り越えた感があったんですよ、あの話は。
 
Marlena Shaw → 桑田佳祐 → Ray Charles と、3段活用されてるわけですから。
英語から日本語へそしてまた英語へ。
この流れをちょっと考えてみれば、デルタブルースをどうすれば日本語で歌えるかかが見えてくるような気がします。
 
 
●ライナーに「メンバーが洋楽好きなんだな」って書いてあって、まぁ其のとおりだと思うんですが、それをどう表現するかって部分が問われてくると思うんですよね。
特に、オトナのプロミュージシャンがこういうアルバムを出すことに成れば。
自分たちのオリジナル+洋楽のカバーも織り交ぜてのアルバムですから、その辺のテイストをどう統一していくかって話になる。
谷藤氏も沖田くんも、オレから見ると、洋楽=AOR な人達なんですよね。
ロックなんだけど、あんまり激しくない。
コンサート会場に、スーツ姿のオトナが立ち並ぶような、革ジャンのガキは来ないみたいなイメージ。
 
でも多分、谷藤氏はあまり大したこと考えてないと思うんですよ、このアルバムに関しては。
映画で言うところのRecallのスピンオフみたいな位置づけだと思う。
だからブルースの消化具合よりも「面白いだろ?」って所を押し出してんだろうなってのは分かるんですけどね。w
色んな所にデルタブルース(多分沖田くんの好みだと思うけど)のテイストが散りばめられてて、しかも一般人に解りやすく。
この辺のわかり易さはすごく大切だけど、同時に音楽的完成度を引き下げる嫌いもある。
つまり本来隠し味であるべき調味料が大量に振り掛けられ、「調味料の味がする料理」みたいに成ってしまう嫌いがあるってことだ。「味の素入ってますよぉ〜」みたいな。w
これはね、味の素が好きな人には堪らないかもしれないけど、旨い料理を食いたい奴はこの「味の素」はちょっと邪魔かもしれませんね。
 
 
●そうなると日本語を大切にしつつ、そこにどんなリズム載せて行くのか?とか、逆にこのリズムにどう日本語を載せていくのか?
って言うテーマが最後に残ると思うんですよね。
オレがRecallの曲をロックテイストにアレンジした時は、「既に日本語で出来上がってる曲をどうやってロックにするか?」って言うのが本当に骨の折れる作業だった。
しかも、谷藤さんの癖のあるボーカルで普通の当たり障りない日本語じゃない。
歌うために、アクセントも何もかも口語とは変えられており、リズムに載せるためにわざわざ歪めてあったりする。
そこを更にロックテイストに持っていくために、ボーカルの技量が試される瞬間でも有った訳だが、結果は前のアルバム「Exit Of The World」を聞いてもらえればわかると思う。
これは、一つの方法論だと思うし、Recallとしてはこの部分は充分に習得してると思うので、今回谷藤氏があえて名義を変えてまでこのアルバムを出したってことは、何か意図があるのだろうと思って聞いている。
 

●総評としては、オレがいた頃のExit Of The Worldが「実験室から持ってきたアルバム」だとしたら、コレは「おもちゃ箱から引っ張り出したアルバム」なんじゃないかな?って思うんですよね。
「プロミュージシャンが、アマチュアバンドやってみました。」的なイメージのアルバム。
其のくらい自由にユルくやってるんですが、ちゃんと完成度は高いと言うね。w
この辺の完成度の高さが、谷藤氏のプロミュージシャンとしての拘りなんだろうとは思うんですが…。
元々のRecallのコンセプトを感じられるアルバムで、アルバムとしては良い出来だし、石川さんいわく「開店から閉店までかけ続けてた」アルバムですから、相当なものだとは思います。
オレ的には、スピンオフはスピンオフとして楽しめるが、ソレは本体が楽しいから成立する訳であって、スピンオフだけ良いって事は無いんですよね。
だから、このスピンオフ(R-2)の本体である「Recall」が、今どれほど良くなってるかってのは想像に易いと思うんですわ。
 
 
●まぁダラダラ書きなぐりましたが、このままRecallが良くなってくれれば、一時でも参加してたオレも一緒に評価されるだろうコトを期待して…。w
結論は、既に石川さんに言われちゃってますが、「いいアルバムができました」って事だと思います。
 
ではでは。www

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つーことで、先日「集金イベント」の話を書いたばかりなのだが、なんと!こんな事件が勃発した。www

取り敢えず、エキサイトニュースで全体を把握。whttp://www.excite.co.jp/News/economy_clm/20161114/Itmedia_business_20161114078.html

まぁ、コレだけが事実ではないが、概ねこんな話だ。
他のニュースを見ても大差無い。
と言うか、最近のWEBニュースは「各社コピペしてんのか?」と思うほど、主旨・思想、視点・立ち位置、文章そのものや言葉の使い方までがそっくりだ。w
なので、どれを見ても大差ないだろう。

で、問題の謝罪文だが、それはこちらに掲載されてる。
http://www.klabentertainment.com/news.html#n01

一応、いつ消えるか判らんのでスクショも掲載しておく。
さて、ここで思うことがいくつかある。

前回オレは、昔ちょっとだけ有名だったアーティストを地方都市に呼び込み、そのギャラや売上捻出のために、地元のバンドにノルマを掛けて回収しようとするビジネスモデルが嫌いだと言った。
今回は、海外で開催されてたイベントを国内に持ち込み、誇大広告にてお客を集め、法外な入場料を取ったにも関わらず、広告内容が完遂されなかったと言う話だ。

形は違うが、「主催者」が「いい加減な内容のイベント」を利用し、「消費者」からカネを巻き上げてると言う構図は同じだ。

違うのは「消費者」が一般市民か、「バンドマン」かの違いくらい。

著名人の名前を借りて、あこがれの著名人に会うためには多少高額でも支払います。という「ファン心理」を利用し、中身の薄いイベントを開催した事がマズい。

但し、今回のクラシック・ロック・アワードは中身が薄いのではなく、主催の宣伝が濃すぎた訳だが。w

で、その気になった事なのだが、謝罪文の中に以下の文章を見つけた。

●「出演者の年齢を考慮し、また多数のアーティストが出演するフェス形式というイベントの性格上、出演者・演奏内容の変更を完全に防ぐことは難しかったと考えております。」

確信犯か?
それとも本気で素人か?
多数のアーティストが出演するフェス形式のイベントだからこそ、事前に打ち合わせし、興行内容を固めるのがアタリマエだろ?
つーか、そもそもこれ「フェス形式のイベント」ではなく、「アワード」だろ?w

●「本イベントは、ジミー・ペイジ氏の単独コンサートではなく、多数の出演者によって構成されるイベントですので、演奏が行われませんでしたがイベント自体は成立していると判断しております。 そのため、チケット代金の返金は出来かねますので、ご理解の程、お願い申し上げます。」

「ジミー・ペイジ氏の演奏を本イベントの目玉として予定」してるのに、それが無かったらイベントは成立してないだろうが?
単に人が集まって、売上が出来たらそれでイベント成立か?

●「逆に、券売時に告知をしていなかったジョニー・デップ氏やジョー・ペリー氏が参加し、素晴らしいパフォーマンスを披露してくれました。」

おいおいw、謝罪文で開き直ってどーする?w
「逆に…」じゃねーよ。w
上場企業だから、横柄なのか?w

しかも、そもそもジミー・ペイジと演奏契約がされてない可能性まで浮上してる。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161114-00010005-etalent-musi

つまり、本国でのロックアワードでジミー・ペイジが演奏したことはないらしい。
とすれば、ジミー・ペイジ側が慣例的に出演を容認したとすれば、その契約では演奏は含まれない可能性が高い。
KLab側は、ちゃんと文章で確認を取ってるのだろうか?
細かい話は現時点でははっきりしないが、KLab側の言い分と、実際のロックアワードでの過去のジミー・ペイジの行動はちょっと離反してると思う。

果たしてどちらが正しいのか不明だが、もし、演奏契約(出演=演奏ではないから)自体が締結されてないならば、ジミー・ペイジが演奏しなくても当たり前だし、主催側が「演奏予定だった」というのはもはや詐欺でしか無い。

どちらにしても、このロックアワードをちゃんと理解せずに、目先の収益に踊らされた主催側の大きなミスだと言わざるをえない。
だから、ジェフ・ベックとジミー・ペイジが共演(演奏する)ような広告を打ってしまうのだろう。

「ジミー・ペイジ氏の演奏を本イベントの目玉として予定しており…」

例えば…

立食パーティーで、ドリンクは出たが、食事が出なかった。

食事がこのイベントの目玉だったのだが、シェフの都合で食事が出なかったが、美味しいドリンクが頂けたので、立食パーティーは成立します。

と言うのと同じだと思う。
これを、「そうか仕方がない。」と思う人はどのくらい居るだろうか?w

でも、まじムカついてるから仕方がないんだよ。
 
今朝方、とあるところからライブイベントのお誘い(見に来て下さい系のね)が来たんですが、その内容を見てガッカリ。
誘ってくれた彼が悪い訳じゃなくて、その背後で仕切ってるなんつーか、イベンターか主催かなんかしらんが、この企画を立てた奴。
 
「集金イベント」丸出しなんだよ!

 昔ちょっと売れた○○さんがスペシャルバンドを引き連れて来札しますって内容。 ちょっと売れてたと言っても、Jロックの話だから、一般の人は名前聞いても知らんだろうって面々。
 
そのサポートに地元のミュージシャンやアーティストが一同にあつまってライブ演るんで見に来て下さいって。
因みに、その地元勢も殆ど名前も顔も知らないような連中ばかりなんだが…。w
 
誰がカネ出してるんか知らんが、大層な場所で演るイベントなので、安くはない。
実際チケットも、一般的なアマチュアライブの1.5倍〜2倍位する。
この手のイベントって、その○○さんは既にオワコンで集客できないけど、地元に来てくれるんでギャラ払わなきゃならないから、ギャラ捻出のために、地元の素人に金出させよう。みたいな思想が見て取れるわけ。
 
本来なら、○○さんの名声で集客して、地元はその恩恵に預かれるような形になるべき内容の筈なのだが、最近行われるその手のライブイベントは、殆どがその○○さんか主催の集金イベントと化してて、○○さんも即席バンドで、昔売れた曲とコピー曲を低レベルな演奏やステージングで何曲かやっておしまいと言う、薄っぺらい内容で、金だけを搾取するようなビジネスモデルだ。
 
その実態は、肝心の○○さんが今はもう力無いから、地元のバンドマンに集客させて、ギャラも払わせて、挙句に尊敬までさせてるという、殿様商売。
そんなんがまかり通ってる音楽業界にはオレは相当辟易してる。
だから、この手のイベントにありがたがって金払って参加してる地元バンドやミュージシャンが本当に不憫に見える。
本来、人気商売なんて売れてる奴がエライのに、売れなくなった奴がキャリアに物言わせてふんぞり返ってるのをわざわざ金銭援助までして、偉そうにさせる意味があるんだろうか?ってマジ思うわけ。
 
本当にその○○さんに力があって皆の憧れだったり尊敬を集めたり出来るなら、地元のサポートなど必要としないだろうし、規模はともかく、自力で集客して勝手にライブイベントでも何でも演って稼ぐだろう。
 
オレが知ってる人だと「王様」とかがそうだ。
いつも1人で地元サポート等使わずに、自身の名前だけで集客し、ちゃんと収益も得てる。
確かに、大きな会場の仕事は少ないかもしれないが、小中規模の会場を満員にして、本当に楽しい時間を提供してくれるからリピーターも多いし、そこそこの料金でもいつも満員なのだ。
これが本物の芸能人だと思う。
 
自ら集客もせず、地元のアマチュアバンドから集金だけして帰って行く奴らは、ヤクザみたいなもんだろ。
「バンドやってるならみかじめ払え」って言われてるみたいでオレは気に入らない。
 
そういう連中が、アマチュアシーンを停滞させて、結果メジャーシーンまで衰退するという悪循環を生んでると思わないのだろか?
そんな集金ツアーばっかりやってるから、CDも売れなくなると思わんのか?
商業的に考えても、アマチュア演奏家をちゃんと育てないと、それを演奏する側だけじゃなく、聞く客側も育たない。
目先の商売に気を取られて、大局を見れない私欲に走るクズ業界人や音楽人が多すぎる。
 
以前、オレのところにも話が来た。
外タレを呼びたいから、ノルマ10万で参加しないか?って。
その外タレ、札幌で客呼べるなら、地元のオレに10万もノルマ掛ける必要など無い筈だ。
本来なら、その外タレが集めた客の前で演奏したいなら、前座やらせてやる位の話になってる筈。
で、オレは集客などしなくとも当日そこに行けば、客がたくさんいるってのが本来の姿じゃないのか?
 
話を聞くと、その外タレの渡航費等(つまりギャラだな)を捻出するために、纏まった金が必要で其れをオレたちにノルマって形で出してもらおうって考えだった。
その外タレは札幌でライブをやって採算取れるようなレベルじゃないって事なのか?と聞くとそうだと答える。
もう話になってなかった。w
 
なんで、そんなギャラ持っていくような「大物バンド」の為にオレが集客しなきゃならないんだ?
しかもオレが集められなかったら足りない分は金取られるんか?
バカバカしくて断った。
そいつらが、本気で人気あるというなら、実力で集客しろよと思うわけ。
その上で、「お前たちにウチの客を貸してやるから、演奏料払えよ。」って言うならまだ話解るけどね。
 
もうね、ホント、このアマチュア音楽界をぶち壊すような、目先の商売に囚われたクズ音楽人は絶滅して欲しいと心から願うよ。

完全に生活パターンを見失った! これで2日徹夜してることに成る…。
で、昼間耐えかねて数時間寝る…。
また夜寝れない!
でも、明日も早くから仕事で、早起きしなきゃならないのに、まだ寝れない。
ヤバイなぁ〜〜〜〜。。。。
 
あ、で、今日は(既に昨日)ヴォイスワークス札幌の「NewComer」というコンテスト形式ライブの1回目でした。
PAのオジサンを命ぜられ、再後尾で皆さんの熱演を拝聴していました。
 
全員10〜20代の若い男女。 歌手志望か、シンガーソングライター志望の方ばかり。
オリジナル曲あり、カヴァー曲有りの6時間、23名の出演でした。
 
しかし、今時はこう言う登竜門的なイベントがいたるところで行われていて、非常に羨ましいと思う。
自分が若かった頃は、音楽(ロックやポップス)で生計を立てようなんて話が出たら、そりゃもう両親を始め、親戚一同が猛反対して大騒ぎに成る時代だったんで、本当に羨ましい。
 
そんな時代のプロ志向の若者たちなんですが…ちょっと苦言を…。(苦笑
まぁ、こういう事を感じるってことは、自分がオヤジに成ったんだなぁと思う反面、プロ志向(つまりメジャーデビューなど、音楽で食おうと思ってる)なら、もう少し巷のアマチュア志向の連中とは違うよ!ってところを見せて欲しいと思う。
 
オレは、プロとアマの境界線が曖昧な昨今、その不明瞭な境界線のおかげで音楽業界全体のクオリティーが下がって居ると感じています。
 
アイドルがもてはやされて、音楽なんか「おまけ程度」にしか認知されない昨今だからこそ、クオリティーの高い音楽を演ることで、「プロミュージシャン」(プロ志向も含む)としてのアイデンティティーを確立して欲しいと切に願う。
普通の人が余暇でやってるレベルの事じゃなく、本気で取り組んでるからこその意気込みや熟達したテクニックを披露してほしい。
 
しかし、残念ながら今回のライブは、正直「なにやってんだ?」って感想だった。
・ギター弾き語りの子が多い中、チューニングも満足にできてない。
・あからさまに練習不足、仕込み不足のままステージへ上がってくる。
・誰に向かって、どこに向かって歌ってるのか判らない。
こんな状態だった。
 
まずギターのチューニング。
 
弾き語りの連中は、ピアノかエレアコだったのだが、エレアコの連中は、まずチューニングしろ!
酷い奴は、ステージに上がってから、おもむろにチューニングし出す奴も居る。
本来、ステージに上る前に楽屋でやっておくべき作業だ。
チューニングに金を払いたいと思う客がいると思うのか?と問いたく成る。
また本番の最中にチューニングするものだから、焦って正確に合う前にそそくさと演奏し出す。
おかげでかなり聞き苦しい。
具合が悪くなる。
この辺は、歌がうまいとか下手とかの問題じゃなくて、もう「マナー」のレベルだと思う。
 
そして練習不足。
 
仮にも、コンテスト形式である。
つまり、ライブの出来が定量化されて、誰にでも客観的に評価出来る状態にされる訳だ。
そんな場面で、練習不足とか、仕込み不足のものを持ってくる神経が判らん。
普通なら、少しでも良い評価を得るために、その時点で最高の物を準備し、ライブに挑むんじゃないのか?
「私の練習成果を見て下さい!」的な途中経過を見せる発表会ではないのだ。
お客さんが出演者の定量的評価をして、其の結果で今後の活動のガイドラインが決まるくらいの重要なライブだと思うのだが、どうもそういった意識が低すぎると感じた。
明らかに出てない声や、明らかに歌い込んでない曲、明らかに練習不足な演奏、そういったものを「コンテスト」に持ち込む連中の気が知れない。
 
で、誰に向かって歌ってんだ?
 
ステージに立ち、自己紹介とともに会釈をして歌い始める。
歌い終わってまた頭を下げて去ってゆく。
コンテスト形式なので曲数は最大2曲に制限されており、MCは基本的に無しとされている。
つまり「歌のガチンコ勝負」なわけだ。
ならば、歌たいながらどれだけアピールできるかが重要なんじゃないだろうか?
MC有りなら、MCで面白いこと言ってウケを狙うとかも有りだとは思う。
しかし、今回のライブはMCは基本的に無しと言われており、その手は使えない。
ならば、ちゃんと心こめて歌おうよ。
機械的に、ピッチが合ってますとか、リズムが合ってますとかそういうレベルの話じゃない。
お客さんに自分の良さをアピールできてますか?ってことだ。
もっと言えば、自分の良さをちゃんと理解して、それを武器として使ってますか?ってことだ。
この辺が曖昧だと、ステージの上で自分だけの世界が出来上がり、会場を置いてけぼりにしてしまう。 で、「今日はちゃんと歌えた!」とか、「今日はここを失敗した!」みたいな感想を持ってステージを降りてくる。
オイ?お客さんどこやった?
自分の出来も大切だが、もっと大切なのはお客さんの反応だ。
ちゃんとお客さんを気遣っていれば、自ずと客席に目が行くし、今日はどういう客層で、何人ぐらい自分のステージを見てて、楽しそうにしてるかとか、退屈そうにしてるかとか、観察したくなるんじゃないか?
そういう気持ちでステージやると、ステージ終わって降りた時の感想が違ってくるはずだ。
「今日はうまく歌えた!」じゃなくて「今日のお客さんは楽しそうだった!」とかに変わるはずだ。
 
総評としては、まぁマダマダだなって感じ。w
 
ただ、ピアノ弾き語りの子たちは、そこそこ良い感じだった。 おそらく、ピアノが弾けるってことは、幼少時から発表会やコンテストに出場しており、それなりに人前で演奏することの何かを掴んでいるのだろう。
 
全体に人前で歌う事に変に手慣れてて、まるで流れ作業のような感じでステージが進み、肝心な所が見えてない感もすごくする。
もう少し、自分たちのやりたいことや目指してることを考えて、今何をすべきかどうすることが大切なのかを今一度深く考えてほしいなぁ〜と思った1日でした。

今まで色んな曲を聞いていろんな事を思ったけど、どんな曲があったかをざっくりと思い出してみた。
洋の東西を問わず、ノンジャンルでリストアップしたけど、ハードロックやヘヴィーメタル系は出来るだけ避けた。w
つか、それ入れると膨大な数になるんで、1000曲くらいにしないと収まらないからさ。www
できるだけ年代順に揃えたが、オレが聞いた順でもあるので、中には時代が前後してるのもある。
1980年以前はオレも記憶が曖昧になってきてるので、まぁ、概ねってことで…。
 
 
1)1966年 薔薇が咲いた(マイク真木)https://www.youtube.com/watch?v=hNHlyGgcpdM
音楽が楽しいと思わせてくれた最初の1曲
オレは産まれたばかりで、やっと1歳半だったが、家にあったウクレレを抱えて一生懸命歌ってたと母親に聞かされた。
其の頃の記憶なんか無いが、確かに今でも歌詞は覚えてるわ。w
 
2)1972年 I Gotcha (Joe Tex) https://www.youtube.com/watch?v=cXoaupox2IA
初めて洋楽を知った切っ掛け。
母の妹がくれたEPレコードの中に混じってた1曲。
これは強烈だった。
当時洋楽と言えば、ロックではなくソウル・ミュージックを指す時代だったので、これはどっちかといえばスタンダードだったと思う。
とくにモータウン系はテンプテーションズみたいな有名グループも居て、ソウル=モータウンって感じでも有った。
 
3)1964年 My Girl(The Temptations)https://www.youtube.com/watch?v=6IUG-9jZD-g
 
4)1966年 Aint Too Proud To Beg(The Temptations)https://www.youtube.com/watch?v=RfyFI-4ZsaE
 
5)1969年 Gimme Shelter(The Rolling Stones)https://www.youtube.com/watch?v=oOYlcXF0ok4
 
時代が前後するが、テンプテーションズは、70年ころにそのベスト盤の8Trカセットを発見し(家にあった)ので、よく聞いてた。
そのせいで、小学校に入る前には、既に完全に洋楽ファンになってた。w
 
6)1965年 Yesteday(The Beatles)https://www.youtube.com/watch?v=S09F5MejfBE
ビートルズの名曲。当時は叔母さんのレコードなどから聞こえてくるの音しか知らなかった。
そんななかで、ビートルズとローリング・ストーンズは比較的よく聞こえてくる方だった。
好き嫌いで言えば、どっちでもない感じで、オレはモータウンのコーラスグループ(テンプテーションズ等)の方に興味があった。w
 
7)1965年 Poupee De Cire, Poupee De Son(France Gall)https://www.youtube.com/watch?v=s5aeeSmkPwQ
多分、オレが今やってるバンド「Phantom of sorrow」の楽曲に最も影響を与えてるかもしれない曲。
この60年代の哀愁感は絶対的だと思う。
 
8)1964年 The House of the Rising Sun(Animals)https://www.youtube.com/watch?v=WyHu6XRiLWU
元はトラッドフォークの作者不詳のスタンダード。この曲をカバーしてるバンドやアーティストは多いけど、日本じゃアニマルズなんじゃないかな?
オレも、これでこの曲知ったしね。
 
9)1965年 Don't let me be Misunderstood(Animals)https://www.youtube.com/watch?v=mfwN0X8YnWo
で、アニマルズといえばコレかな?
日本では尾藤イサオの「悲しき願い」として有名だろうと思う。
「だ〜れのせいでもありゃしない、みんなオイラが悪いのさ〜」ってフレーズが有名。w
でも、本家はアニマルズなのよ。
 
10)1964年 The Sound of Silence(Simon & Garfunkel)https://www.youtube.com/watch?v=4zLfCnGVeL4
サイモン&ガーファンクルの名曲。
知らない奴は居ないだろ?w
 
11)1966年 Scarborough Fair(Simon & Garfunkel)https://www.youtube.com/watch?v=BYQaD2CAi9A
これも、サイモン&ガーファンクルの名曲。
 
12)1970年 El Condor Pasa(Simon & Garfunkel)https://www.youtube.com/watch?v=pey29CLID3I
時代が前後しちゃうけど、サイモン&ガーファンクルと言えば、これもだよな。w
 
 
13)1966年 My Generation(The Who)https://www.youtube.com/watch?v=7xZOrWK6d4g
演奏後に楽器をぶち壊すパフォーマンスはWhoが最初だったと思う。
司会者の呆れ顔がおかしい。w
 
14)1963年 BE MY BABY(The Ronettes)https://www.youtube.com/watch?v=jrVbawRPO7I
今、BE MY BABYといえば、コンプレックスの方を指すんだろうけど、本当はコレなんだよ。w
オレが生まれる前だが、ヒットしてたので1970年頃まではそこら中で掛かってた。
このプロデューサーだったフィル・スペクターは最近第2級殺人で服役したらしい。w
 
15)1964年 Oh, Pretty Woman(Roy Orbison)https://www.youtube.com/watch?v=8x2tG4X0cdc
VAN HALLENとかもカバーしてるので、一応ロック!?w
コレがオリジナル。
 
16)1964年 You Really Got Me(The Kinks)https://www.youtube.com/watch?v=-2GmzyeeXnQ
VAN HALLENといえば、コレもだな。
オリジナルはキンクス。
https://www.youtube.com/watch?v=Bg1UG0GwIKc
この当て振り口パク動画と比べると面白いかも。w
 
17)1965年 ワンサカ娘(Sylvie Vartan)https://www.youtube.com/watch?v=1-TmysiV4gY
レナウンのCMソングなのだが、当時はフランスが流行っており、France Gallといい、Michel Polnareffといいヒットした中にフランス人が多い。
この曲も何故かシルヴィーヴァルタンが歌ってる。w
でも、この60年代の空気感はものすごい好きだ。
 
18)1965年 Stop! In The Name Of Love(Diana Ross & The Supremes)https://www.youtube.com/watch?v=UGJQPkfwlAc
これもヒットした。
シュープリームスの名曲。
 
19)1966年 Land Of 1000 Dances(Walker Brothers)https://www.youtube.com/watch?v=pMkQ94tIcgM
日本では「ダンス天国」として有名。
ウォーカー・ブラザーズのこの曲は、70〜80年代の日本のロックにかなり影響してると思う。
hip hip shake って言葉もここから来てるしな…。w
 
20)1967年 L'amour est bleu(Vicky Leandros)https://www.youtube.com/watch?v=JV-sQOdIBAc
これも有名で、やっぱりオレの作曲に影響してると思う。どうもフランス好きみたいだな、オレ。w
68年に日本語バージョンも歌ってたらしいが、オレは知らない。w
日本語バージョンは、森山良子「恋はみずいろ」としか知らないなぁ…。
 
21)1967年 Daydream Believer(Monkees)https://www.youtube.com/watch?v=nU615FaODCg
忌野清志郎がカバーしてて知ってる人も多いと思う。
オリジナルはモンキーズのコレ。
 
22)1967年 Light My Fire(The Doors)https://www.youtube.com/watch?v=deB_u-to-IE
もうロックとか言うジャンルを乗り越えて、時代を象徴してたような曲ですな。
ロックファンじゃなくても知ってる曲としては当時コレがナンバー1だったと思う。
テレビとかでフツーに流れてたもの。
オレもこのオルガンの音がカッコイイと思ってテレビから流れる度に聞き入ってた記憶がある。
で、これもやっぱ60年代の時代の混沌さを表してると思う。
 
23)1967年 A Whiter Shade of Pale(Procol Harum)https://www.youtube.com/watch?v=Mb3iPP-tHdA
オレの中では、DoorsのLight My Fireとセットで覚えてる、60年代の代表曲の一つ。
「空きっ腹に団子」のソラミミで有名かも。w
 
24)1967年 Purple Haze(Jimi Hendrix)https://www.youtube.com/watch?v=fjwWjx7Cw8I
出ました!ジミヘン!これはテレビでも結構流れたので、知ってる人は多いと思う。
オレも初めて聞いたのは、確かテレビだった。
でも、意識して聞くようなるまでにはもう10年位掛かるんだが、初めて聞いたのは68年頃だったような…。
リンクはウッドストックじゃなくて、あえてコレで。w
 
25)1967年 You Keep Me Hanging On(Vanilla Fudge)https://www.youtube.com/watch?v=YFabNBveHOk
時代を象徴といえば、これもそうですな。
グラム・ロックとか、サイケデリック・ロックとか言われてた時代のロックは、ジミヘンよりも、むしろこっちだったような気がする。
 
26)1968年 HEY JUDE(The Beatles)https://www.youtube.com/watch?v=eDdI7GhZSQA
ビートルズですが、他にも毎年数曲のヒットが出てたはずなんですが、何故かオレにはピンと来なかったらしく他の曲の記憶が殆ど無い。
 
27)1968年 Jumpin'Jack Flash(The Rolling Stones)https://www.youtube.com/watch?v=eQSGw0hMd_I
当時、テレビで流れてくるローリング・ストーンズはコレが定番だった。
曲名を知るのはもっとずっと後の話だが、「ゲスゲスゲ〜ス♬」だけは印象に残ってた。w
 
28)1969年 Born To Be Wild(Steppenwolf)https://www.youtube.com/watch?v=rMbATaj7Il8
ロックらしいロックはコレが初めてかも。
丁度、ベトナム戦争時代の真っ只中だったので、オレの記憶にも割りと強烈に残ってる。
 
29)Venus(The Shocking Blue)https://www.youtube.com/watch?v=auoArgmzqN4
飲み屋のバンドでは定番の曲だが、オレが聞いたのはこの頃。
やはりテレビで流れてたのが印象的だった。
薄暗い曲が多い60年代の曲だが、なんか新しい時代を感じさせる曲だったので、あまり暗い印象がない。
 
30)1969年 Tout,tout pour ma chérie(Michel Polnareff)https://www.youtube.com/watch?v=GL7gxqk0fkU
「シェリーに口づけ」と言った方が、通りがいいのだろう。
これも、Poupee De Cire, Poupee De Sonに並び、オレの楽曲作成に大きな影響を与えてる。
つまり、オレはフランステイストが好きなのかな?w
71年作品だと思ってたが、改めて調べてみると69年だった。
記憶が曖昧になってるな…。w
 
31)1969年 Les Champs Élysées(Joe dassin)https://www.youtube.com/watch?v=M4C6cqo4EjY
所謂「オー・シャンゼリゼ」です。
やっぱフランスモノだなコレも。w
 
32)1970年 Layla(Derek and the Dominos)https://www.youtube.com/watch?v=sw01019P19g
当時はデレク・アンド・ドミノスとして発表されたレイラ。
クラプトンの代表曲に成ってるけど。
AR(アダルトロック)の元祖って感じの曲。
ラジオで流れた時はカッコイイ!って思ったけど、当時はまだモータウンに興味があった。w
 
33)1970年 Irresistiblement(Sylvie Vartan)https://www.youtube.com/watch?v=EN9YJQQHQPQ
ワンサカ娘で有名になったシルヴィー・ヴァルタンのヒット曲。
やっぱり、フランス語。w
 
34)1970年 Close to you(The Carpenters)https://www.youtube.com/watch?v=87XQKCXfFjQ
 
35)1971年 Rainy Days And Mondays(The Carpenters)https://www.youtube.com/watch?v=PjFoQxjgbrs
 
36)1972年 Top of the world(The Carpenters)https://www.youtube.com/watch?v=Q8AM356TXZ4
 
37)1973年 Yesterday Once More(The Carpenters)https://www.youtube.com/watch?v=IgdNg20hJ7I
この辺のカーペンターズは洋楽好きなら絶対に聞いてるはずだし、聞いてないとしたらもうそいつは洋楽ファンとして信用出来ない位のスタンダード曲ですよ。w
 
38)1970年 Paranoid(Black Sabbath)https://www.youtube.com/watch?v=NZyVZFJGX5g
 
39)1970年 Iron Man(Black Sabbath)https://www.youtube.com/watch?v=sSRQCMq1gB8
ブラック・サバスの初期の定番。
叔母さんに連れられて行った薄暗い、煙だらけで爆音で音楽が掛かってる喫茶店の中で聞かされた。
怖い魔物に連れ去られるような感覚になって小学生だったオレはビビりまくってた。w
 
40)1970年 Move Over(Janis Joplin)https://www.youtube.com/watch?v=M0E6TMHy_RA
これも喫茶店で掛かってた定番だった。
 
41)1970年 Raindrops keep falling on my head(B.J.Thomas)https://www.youtube.com/watch?v=ZIqxnYZZNB8
日本では https://www.youtube.com/watch?v=TSu9LOEM9T0 
こっちの方が有名だろう。
 
42)1970年 Get Up (I Feel Like Being Like A) Sex Machine(James Brown)https://www.youtube.com/watch?v=8mjQ1i5V7qA
特に書くこと無いくらいゲロッパ。
 
43)1970年 Summertime Blues(The Who)https://www.youtube.com/watch?v=yQpiv2vNmV8
元々はエディー・コクランの58年のヒット曲。
でも1958年はオレ生まれてないので、こっちしか知らない。w
 
44)1971年 Get It On(T-Rex)https://www.youtube.com/watch?v=bOjCjXfG9yg
ゲリロンです。
小学生の頃にコレもテレビで掛かった。
なんかアメリカの生活紹介みたいな番組だった。
 
45)1972年 学生街の喫茶店(ガロ)https://www.youtube.com/watch?v=yY3GRzzTYU0
 
46)1973年 心の旅(チューリップ)https://www.youtube.com/watch?v=sZ516KXCnyg
 
47)1973年 てんとう虫のサンバ(チェリッシュ)https://www.youtube.com/watch?v=Py-TgwxQ9EE
 
48)1974年 岬めぐり(山本コータロー&ウィークエンド)https://www.youtube.com/watch?v=oyStLvzjaeA
 
49)1975年 我が良き友よ(かまやつひろし)https://www.youtube.com/watch?v=fHAeIQl8hZA
この辺の一連のジャパニーズフォークソングは、当時はテレビやラジオで頻繁に流れる所謂歌謡曲だった。
なので意識ぜずとも日常の中で流れていた。
でもオレは洋楽に飢えてたので、一生懸命洋楽探しをしててこの辺をちゃんと聞き返すのはもう少しオトナになってからだった。w
 
50)1971年 Melody Fair(Bee Gees)https://www.youtube.com/watch?v=h-6kKCX2q1I
ウチに、なんか映画サントラ集みたいなLPレコードが合って、其の中に入ってた。
小さな恋のメロディーのサントラに入ってた曲。
 
51)1971年 Take It Easy(The Eagles)https://www.youtube.com/watch?v=AEzTdBJUHO8
軽快なアメリカらしい曲。広大な土地を彷彿とさせるカントリーチューン。
初めて聞いたのはラジオだったと思う。曲名が不明なまま数年過ごし、1980年のライブアルバムを買うまで曲名が解らなかった。w
やっぱイーグルス好きだなぁ〜と思う1曲。
 
52)1971年 Beautiful Sunday(Daniel Boone)https://www.youtube.com/watch?v=trV28xINNpU
田中星児が「さわやっかな日曜〜」とか歌ってるのを聞いた時は、あまりに残念で倒れるかと思った。w
 
53)1971年 Metal Guru(T-Rex)https://www.youtube.com/watch?v=AHcI8KlmlLw
これもテレビだった。
当時は殆ど曲名が解らなくて、後にベスト盤などを買うことで判明していった。w
これも、中学に入ってからベスト盤を手に入れて曲名を知ることに成る。
 
54)1973年 SING(The Carpenters)https://www.youtube.com/watch?v=iYjcNR7W-Ow
カーペンターズの名曲。沢山ありすぎて思い出すのが大変だ。w
 
55)1973年 Desperado(The Eagles)https://www.youtube.com/watch?v=iDNtqy0zjJA
イーグルスの名曲。これも後にベスト盤買って曲名を知る。
 
56)1973年 Piano Man(Billy Joel)https://www.youtube.com/watch?v=8sFlBJ1Jk3w
これがビリー・ジョエルだと知るにはこの後5年位かかるが、ラジオから流れた時はいい曲だと思った。
 
57)1973年 Long train running(Doobie Brothers)https://www.youtube.com/watch?v=tnD0eVdHJfI
定番のドゥービー・ブラザーズ。
今更説明の必要なし。当時から大ヒットで洋楽系ラジオでコレ掛けない番組はなかった。
 
58)1974年 SKY HIGH(Jigsaw)https://www.youtube.com/watch?v=mudlXF3MA8Q
このイントロのバックで、「あちゃー!」とか言えば「燃えよドラゴン」でも使えそうなイメージのイントロで、ガキの頃オレの友達の間で流行った。w
 
59)1974年 The Loco-Motion(Grand Funk Railroad)https://www.youtube.com/watch?v=jxyU4W8iyeI
グランド・ファンクの曲は、アメリカン・バンドよりもこっちの方が有名だろう。
テレビでも頻繁に流れてた。
 
60)1974年 Jambalaya(The Carpenters)https://www.youtube.com/watch?v=-4o86juvMEE
 
61)1974年 Please Mr Postman(The Carpenters)https://www.youtube.com/watch?v=AHfddvbKb4w
またもカーペンターズ。70年代歌謡のヒットメーカーだったので沢山出てくる。
 
62)1975年 Can't Give You Anything(The Stylistics)https://www.youtube.com/watch?v=nlQ8te4BOhY
スタイリスティックスと言えばコレってくらいだよね?
オレは小学校高学年で、丁度ディスコブーム真っ最中。
スタイリスティックスは全盛期だったんじゃないかな?
 
63)1975年 Saturday Night(Bay city rollers)https://www.youtube.com/watch?v=FJjI6SXFFPc
当時、日本の女の子たちが皆夢中になってたイギリスのアイドルグループのヒット曲。
ジャンルは洋楽ロックになってるが、今で言えばイギリス版ジャニーズ。w
 
64)1975年 Stand By Me(John Lennon)https://www.youtube.com/watch?v=O4_ghOG9JQM
ベン・E・キングよりも、こっちの方が日本では有名。w
 
65)1975年 An Old Fashioned Love Song(Three Dog Night)https://www.youtube.com/watch?v=c2WyBTGm8J4
もう懐かしくて涙出るよこれ。
 
66)1975年 Bohemian Rhapsody(Queen)https://www.youtube.com/watch?v=fJ9rUzIMcZQ
ロックを意識して聞くように成って、ラジオから流れたこの曲がどうにもロックに聞こえなくて難儀した想い出がある。w
 
67)1975年 Sailing(Rod Stewart)https://www.youtube.com/watch?v=FOt3oQ_k008
この当時は完全に引きこもりでラジオばかり聞いてた記憶がある。w
洋楽ばかりを必至に聞いて覚えようとしてた。
 
68)1976年 Dancing Queen(ABBA)https://www.youtube.com/watch?v=xFrGuyw1V8s
ロックやソウルではなく洋楽の歌謡曲としてヒットしてた。
 
69)1976年 Hotel California(Eagles)https://www.youtube.com/watch?v=h0G1Ucw5HDg
今更説明の必要もない、70年代のアメリカンロックを代表する名曲。
歌詞が暗喩の連続で、色んな解釈を産んだ曲。
オレは歌詞の意味など気にせず(だって解らないものw)そのアメリカンロックらしからぬ哀愁ただようメロディーが好きだった。
 
70)1976年 Dream On(Aerosmith)https://www.youtube.com/watch?v=hHRNSeuvzlM
当時ロックはイギリス、アメリカはカントリーとソウルミュージックみたいな時代に、アメリカのロックはコレだ!みたいな感じの売り方だった。
アメリカ版ローリング・ストーンズみたいな位置づけだった。
 
71)1976年 Europa(Carlos Santana)https://www.youtube.com/watch?v=7Bvw1dgHpOg
ギターの神様みたいに言われるが当時はただのオッサンだとおもってた。
インストの曲で初めて心に残った曲かも知れない。
 
72)1976年 Jolene(Olivia Newton-John)https://www.youtube.com/watch?v=hU-Et_ei2a0
元は大御所ドリー・パートンの曲のカバー。
日本ではシングルカットされたので有名だが、本国アメリカや他の国ではドリー・パートンの曲として認知されてるはず。
当時のオリビアはカントリー歌手として売ってたので、カントリーのナンバーが多いのだが、今で言うアイドル歌手なので、本格的なカントリーソングではなく、キャッチーなカントリー風フォークとかロックなのが多い。
 
73)1976年 Take Me Home, Country Roads (Olivia Newton-John)https://www.youtube.com/watch?v=uHOTmMpux9E
元々はジョンデンバーのヒット曲だが、オリビアがカバーしてる方が日本では有名でしょう。
オレも例に漏れず、このバージョンでこの曲を知りましたよ。w
アコースティックギターのスリーフィンガーって奏法を知ったのもこの曲でしたな。
で、アコースティックギターが面白そうだと思って、指で弾くことを始めた切っ掛けでもある。
 
74)1976年 Love Is Blind(JANIS IAN)https://www.youtube.com/watch?v=naGt-FFL7Ww
この当時は、洋楽ベスト10的な番組がラジオなどで組まれるようになり、以前よりも比較的洋楽に触れることが容易になった時代だった。
洋楽に飢えてたオレはテレビよりも、ラジオで洋楽を漁ってる時間の方が長かったなぁ〜と思う。
なので、この頃の洋楽ソースは殆どがラジオだった。
 
75)1976年 Hard Luck Woman(KISS)https://www.youtube.com/watch?v=ZaKwIfqbKhM
ラジオから流れてきた中で、この曲はとても印象的だった。
後にコレがKISSの曲だと知った時のショックも含めて、強烈な印象だったよね。w
 
76)1977年 WE WILL ROCK YOU(Queen)https://www.youtube.com/watch?v=-tJYN-eG1zk
 
77)1977年 We Are The Champions(Queen)https://www.youtube.com/watch?v=hSTivVclQQ0
中学時代に本格的に洋楽ロックを聞くように成った。
当時リアルタイムは、KISS。とクイーンとエアロスミスだったなぁ…。
 
78)1977年 Wuthering Heights(Kate Bush)https://www.youtube.com/watch?v=BW3gKKiTvjs
絶対この人狂ってるとおもってた。w
メロディーと声が強烈で1度聞いたら忘れない。
 
79)1977年 Night Fever(Bee Gees)https://www.youtube.com/watch?v=-ihs-vT9T3Q
 
80)1978年 Stayin' Alive(Bee Gees)https://www.youtube.com/watch?v=I_izvAbhExY
当時アメリカで流行ってるのは何?って従姉妹に聞いたらコレだと言われた。
ハードロックを期待してたオレとしてはつまらないと思ったが、レコード買ってしまったので、しかたなく聞いてた。w
でも、リズムとかハーモニーは影響受けてるかもね。
 
81)1977年 The Stranger(Billy Joel)https://www.youtube.com/watch?v=bnlvPoDU5LY
 
82)1977年 Just The Way You Are(Billy Joel)https://www.youtube.com/watch?v=HaA3YZ6QdJU
AR(アダルトロック)の先駆者ビリー・ジョエルのヒット曲。
どっちも素直にカッコイイと思ったが、これがピアノマンと同じ人なのか?と疑った記憶がある。
 
83)1977年 Will you dance(Janis Ian)https://www.youtube.com/watch?v=pFgfbV60I1s
忘れちゃいけない、ラジオヘビロテのこの曲。
お洒落だったなぁ…メロディーも洗練されてて好きだった。
 
84)1977年 Fantasy(Earth wind and fire)https://www.youtube.com/watch?v=twICykaRRvY
これもラジオでよく聞いた曲。
今じゃ定番でコレ知らない洋楽ファンは居ないだろ。
 
85)1978年 Hello Mr.Monkey(Arabesque)https://www.youtube.com/watch?v=hjqUX7YuvSg
ディスコブームも後半戦でそろそろ下火って時に流行った曲。
みんなコレで踊ってた。w
今思うと、新興宗教みたいだったよ。w
 
86)1978年 You Really Got Me(Van Halen)https://www.youtube.com/watch?v=9V6VBKsO-Fk
さっきの口パクとは違う、OFFICIALPVバージョン。
ヴァン・ヘイレンの登場はショッキングだった。
ハードロックの未来の姿を見せてくれた最初のバンドだった。
ロック史においては、1968年のジミヘンの次にロックを変えた人だったよね。
丁度10年だしね。
この頃からオレはとにかく聞く量が増えたんで、ぜんぶは紹介できないよね。
 
87)1978年 Copacabana(Barry Manilow)https://www.youtube.com/watch?v=DJTBfbQoTNk
コパカバーナもラジオ向けだったね。
よく流れてた。
 
88)1979年 Don't Stop 'Til You Get Enough(Michael Jackson)https://www.youtube.com/watch?v=ZorRGrDiMsA&feature=related
まだ黒い頃のマイケル・ジャクソンのヒット曲。
もうこの時点で楽曲にスリラー等の80年代の爆発ヒットの徴候があるよね。
 
89)1979年 Dschinghis Khan(Dschinghis Khan)https://www.youtube.com/watch?v=pzmI3vAIhbE
このひょうきんな感じが受けたのか、これも大ヒットした。w
 
90)1979年 In the Navy(Village People)https://www.youtube.com/watch?v=InBXu-iY7cw
 
91)1979年 Go West(Village People)https://www.youtube.com/watch?v=1wc-AQJ2MYo
この2曲もジンギスカンと並んでヒットしたがどっちも「ホモソング」のレッテル貼られてた。
どうしてだろうね?PVがホモっぽいからかな?w
 
92)1979年 Hot Stuff(Donna Summer)https://www.youtube.com/watch?v=mRwjYZzvGkY
ディスコブームの終焉を飾る名曲だった。
 
93)1979年 Honesty(Billy Joel)https://www.youtube.com/watch?v=SuFScoO4tb0
一方ビリー・ジョエルは着実にヒット曲を量産してた。
ARの先祖としては素晴らしい功績だった。
イケメンだったし、甘い声だったし、今はハゲたオッサンだけど。
 
94)1979年 MOSKAU(Dschinghis Khan)https://www.youtube.com/watch?v=99E9Uw-grpo
ジンギスカンで受けて、モスクワでも受けた、ジンギスカンのヒット曲。
ディスコ調なのが時代を感じさせる。
でも、ディスコブームがなかったら、日の目を見なかったグループだと思う。
 
95)1979年 Gimme! Gimme! Gimme!(ABBA)https://www.youtube.com/watch?v=XEjLoHdbVeE
ディスコブームに乗って出したABBAのディスコナンバー。
これも売れた。
でもこの後、ディスコブームは去った。w
 
96)1979年 My Sharona(The Knack)https://www.youtube.com/watch?v=bbr60I0u2Ng&ob=av2e
一方ロックでは80年代前夜に色んなのが出たが、そのなかではコレが一番おもしろかったんじゃないかな?
時代が変わるよって言うのが感じられる曲だった。
ロックにメッセージが必要なくなった事を、イーグルスよりも分かりやすく教えてくれた。
 
97)1979年 I Was Made For Lovin' You(KISS)https://www.youtube.com/watch?v=CmELf8DJAVY
KISSまでもがディスコブームに乗ろうとした。
もう終わりかけてたが一応ヒットはした。でも多分日本だけでしょうな。w
 
98)1979年 Video Killed The Radio Star(The Buggles)https://www.youtube.com/watch?v=W8r-tXRLazs&ob=av2n
デジタルポップサウンドの先駆者的存在。
この後、ラジオボイスも含めデジタル音で構成されたポップスが流行るようになるから、道を作ったと言う意味ではやっぱパイオニアなんだろうな。
 
99)1979年 Message in a bottle(The Police)https://www.youtube.com/watch?v=ObL3L6MRvN4
当時最新のサウンドだった。
SUM41とかそこら辺のバンドの始祖にあたると思う。
 
100)1980年 Any Way You Want It(Journey)https://www.youtube.com/watch?v=2VgcZqt-mSk
後に、全米No1を獲得するジャーニーの曲。
ここから本格的な「産業ロック時代」が始まったといえるね。
で、80年までで100曲になっちゃった。w
結構沢山端折って来たんだが、全然足りないね。
80年まででも、この3倍は紹介したい曲があるし、聞いただけの曲も含めると多分1000曲超えると思うけど…。
取り敢えず、100曲。
又機会があれば、1980年以降の曲で100曲やるかもしれない。w
実は、いつ加入していつ辞めたのかよく覚えてない。w
其のくらい自然に通過した感じがする。
と言うか、加入前からバンマスの谷藤氏とは結構な親密度で付き合いもあり、辞めた後もヴォイスワークス札幌のお世話になっているので、別に険悪になって辞めたわけじゃない。
なので、本当にいつからいつまでがオレの在籍期間だったのか定かじゃないというか、よく覚えてない。w
まぁ、ブログとか漁れば出てくるんだろうけど、そこまでして確認するような話でもない。

大切なのは、recallが15年続いてるって話だ。

オレは概ね4年ほど在籍してたらしい。
谷藤氏のMCではそういうことになってる。
その間何をしてたのか…。
旧来のアコースティックな曲をエレキバンド用にロックアレンジしたり、新曲のアレンジしたり…結局在籍中にrecallの為には曲は書かなかった。
というよりも、書けなかった。
完全にロック畑のオレ…というか、バカのひとつ覚え的にロックしか知らないから、recallのような無国籍かつノージャンルなバンドで演奏する曲などどう書くべきか分からなかった。w
なので、旧来の曲も「○○風な感じにするよ!」って事で、イギリスの某モンスターバンドをこれでもかってほど意識したアレンジを施した。
まぁ「ロック」をより音楽的に分かりやすくするにはちょうどよかった。
ダブルネックギターも使ったしね。w
オレが加入する前、recallは「アコースティックロック」と名売ってた。
今だから言えるが、オレ的に「アコースティックがロック」ってのは違和感があった。
ロックってそもそもバンド形式であるはずだし、エレキギターが発明されてから出来たジャンルなので、アコースティックロックってのはその造語感からも違和感ありすぎた。
イギリスの某モンスターバンドは、アコースティックな曲も演るけど、それはケルト民謡やトラッドフォークの焼き直しだったりするわけで、いわゆる「ロック」とはちょっと違う路線になる。
 
で、仮にもロックバンドだって言うなら、普通にロックしましょうよって思ったんだよね。
しかし、いざエレキ楽器に置き換えるとこれまた色々と問題が出た。w
オレも含め皆さん日本人でして、グルーヴがロックにならない。www
バックビートがちゃんと取れないんだよね。
ともすると、モタるか、ただ遅いだけになる。
これを克服するのは本当に至難の業だった。
オレは物心ついた頃から洋楽にどっぷり浸かっていたのでまだなんとかなったが、他のメンバーはそこまでロックに浸かってないから、和洋折衷と言うか何というか、いまいちロックのグルーヴが出ないんだよね。
どこか歌謡曲の体を残したまま進行する。
 
多分ね「歌」だと思うんだよね、原因は。
皆、歌を重視しすぎる。
だから、全体のサウンドがお座成りになってしまう。
 
ロックって確かに歌詞と言うか歌も重要だが、それ以上にリフやビートが重要だと思うんだよね。
だから、歌がない部分でのリフやビートがちゃんとしてないとロックに聞こえない。
でも、日本のロックの殆どが「歌」を作ってしまっていて、「曲」を作ってない。
歌にコードを載せてなんとなくジャラジャラ弾き語って、それで一応完成みたいな人が多すぎる。
recallも当初はそうだった。
だから、オレにはロックに聞こえなかったんだよね。
なので「演奏を聞かせる」部分を数多く取り入れた。
イントロ、間奏、エンディング…これらは歌う人にはどうでもいい部分かもしれないが、ロックバンドはここが大切と言うほど重要な要素だ。
イントロ聞いただけで「あの名曲だ!」ってわかる曲あるでしょ?
ディープ・パープルのスモーク・オン・ザ・ウオーターとか、イーグルスのホテル・カリフォルニアとかね、イントロ1フレーズで「あーーー!」ってなる。
そこに個性を盛り込む。
日本のロックバンドでこの域に達してるバンドって殆ど無い。
だから、殆どのバンドがロックに聞こえない。
 
そこでオレは強烈なイントロや、唐突な間奏をふんだんに取り入れたんだが、曲の余りの変貌ぶりにみなさん躊躇したようで、本当に慣れてもらうと言うか、形にするのに半年以上かかった。
でもなんとか形にしてアルバムを制作したんだけどさ。
出来たアルバムはエスニックな感じも取り入れてて、某モンスターバンドっぽさが増してしまってかなり笑ったけど、あれは狙ったからって誰にでもできるアレンジじゃないと自負している。
 
自分が手がけた曲はほぼイメージ通り仕上がってるし、まぁ文句はない。
原曲が良いせいもあるが、十分ロックのテイストで聞いてもらえると思う。
谷藤氏の歌はどちらかと言えばパワーボーカルで、存分にシャウトしてもらえるようにかなり派手でスピード感あるアレンジをしたり、逆にゆっくり歌うことで怪しさや哀愁なんかも出せるようなアレンジもした。
 
今のrecallは誰がマスターアレンジャーなのか知らないが、オレがいた頃より歌のウェートが重くなったような気がする。
それに今日見たrecallはオレが在籍した当時から見ると随分とお洒落になった。
サックスが入り、谷藤氏は立ちボーカルから、キーボードを本格的に弾く事でアレンジの幅を広げてゴージャス感が増していた。
まぁ、一言で言えばJロックとでも言うか、recallなりの歌謡重視のスタイルを確立しつつあるんだろう。
ステージも「谷藤勝彦と仲間たち」的な佇まいになってて、メンバー全員が同列で個性をぶつけ合ってる感じはしない。
むしろ、谷藤氏の歌をどうコンプリートさせるかを他のメンバーが全員で考えてるような感じを受ける。
 
だから、逆にオレがいた頃は、recallはロックの勉強をしてたんじゃないかと。。。
今はその勉強が終わって、recallなりに噛み砕いた結果を演奏して居るようにも見える。
それが証拠にオレが加わった演奏は、其の前後のrecallとは異質な空間が広がったと思う。
まぁ、ステージでの個性のぶつかり合いとでも言うか、その個性をぶつける感覚が既にロックなんだけど、今のrecallはそこまではしない。
だから、オレが加わると結果ぶち壊すんだろうなと…。w
 
結論から言うと、オレはやっぱ辞めて正解だった。
オレがいたら、今のrecallは無いだろうし、ただ小煩いロックバンドでしか無かったろう。
オレが辞めた直後は、オレの付けた方向性を踏襲するスタイルだったけど、いつの間にか路線が変わってて結局今の方がよりrecallらしい。
多分お客さんが求めてるrecallの音はこれなんだろうなって思う。
オレが出してた音はお客さんが求めた音じゃないし、バンドが求めた音でもない。
やっぱ、学習期間とでも言うかそれまでのrecallに足りない要素を植え付けてる期間だったなと思うわけだ。
実験的なことも多々やったしね。
 
ま、20週年に向けて頑張ってほしいなと。
オレはオレで、Phantom of sorrow 結成10週年に向けて頑張りますんで。w
※ちなみに今7年目です。w

ん〜、何か「他人の振りみて我が振り直せ」感 満載でした。

つまり、とりあえず自分棚上げですが、色々と問題点が見て取れて、それがそのまま自分のバンド活動にも当て嵌る事なので忘備録的に書いてお こうかと思う。

何がダメかってーと、音が悪い。

多分、全てはここに行き着くと思う。
もうね、せっかくの演奏が音が悪くて全然魅力的に聞こえない。
箱のPAのせいなのか、バンドの演奏能力の所為なのか定かじゃないが、自分もバンドマンの一員として考えると、「先ずはバンドの音を何とかしろ!」だ と思う。
ロックバンドは沢山の機材のお世話になって演奏するんだが、その機材の使い方をちゃんと知ってる人は少ない。
オレは最近、偶々そういう使い方とかいい音を出すためのノウハウみたいなものをレクチャーしてもらえる機会を得たので幾らか理解できたが、殆どの 人はそういうことを知らずに我流でやってる。

運良く、我流でもその優れた方法に巡り会えた人はいいが、殆どの人はそうじゃない。
なので、結果出てくる音がひどい。w
例えば、バランスとかね。
バランスって音量だけじゃないんだよね。
それぞれの楽器のトーンってかね、フルレンジでギターがドバーって出てくると、ボーカルは勿論、ベースとかドラムの音までかき消してしまって、全 体として何をやってるのかわからないとかね。

オーケストラとか見れば解るじゃん。
色んな楽器が集まってるが、それぞれに役目がある。
ロックバンドだって、ギターとベースと、ドラムとボーカル、キーボードも含めて役目がある。
それぞれ自分の役目だけををちゃんと満足して居れば良いのだが、概ね自分の守備範囲も満足できない癖に、他の楽器の守備範囲までも犯そうとする。
結果、互いにぶつかり合っていい音に聞こえない。
分離を良くするってか、守備範囲をちゃんと決めてそれぞれの責任でちゃんと守備する姿勢が必要だよね。
そうすれば、何やってるかよく聞こえるし、よく聞こえれば演奏を始めた段階でロビーでたむろしてる客を、ホールへ呼びこむことも出来る。
少なくとも、その場で聞いてくれてるお客さんにはいい音を聞いてもらえるんだから、正しい評価、つまり「音楽についての評価」を得ることが出来る んじゃないかな?

表現力って一面を見ても、音量は勿論、各楽器パートの守備範囲を決めておけば、どういう表現をするにはどのパートがどうするかってのも、目に見え るようになると思う。
優しい感じとか、激しい感じとか、活字にすると滑稽かもしれないが、音にすれば素敵なことになるかもしれないあの感じを再現するには、ちゃんとし たサウンドが出せるって前提ので話だよね。

で、これらの話って全部、自分のバンドにも当て嵌る話でね。

こりゃマジで考えないと雑音出すだけの集団に なってしまう!と言う危機感が湧き上がるわけです。w

なので、最近はその辺も考えながらバンドサウンドを考えています。

まぁ、他にもね色々と問題点は発見できたんだけどね。
でも一番問題だと思ったのは、最近見る巷のライブが「他人の振りみて我が振り直せ」ばかりで、「ぅお!こりゃすげー!」とか、「ヤバい!カッ コイイ!」って成らない事。
どこかの誰かが、オレたちのライブを見て同じことを思ってるんじゃなかろうかと思うと、もう何か不安で寝れないくらい。
自己満足の世界から抜け出すには、やはりサウンドコーチ的な第三者の目と耳が有った方が良いに越したことはないが、アマチュアだと中々そこま ではねぇ…。

難しいねぇ…。

日本の音楽業界を取り巻く環境が年々悪化している昨今。

数年前は、アマチュアやインディーズの質が下がったって嘆いてました。
勿論、質の高い優れた音を出してる連中も沢山いるのですが、ソレ以上に酷い連中のほうが圧倒的に多かった。w

で、その頃、ちゃんとやってないと質が下がって音楽ファンが減るし、新しい世代も出てこない。
つまんない世界になるぞ!って言ってたんだが…。

そしてとうとう最近は、お客さんも、バンドも数が減った。ww
オレが懸念してた通りになってる。

下らない、下手くそなコピーバンドとかを金払ってまで見たくないし、そういうバンドで演奏もしたくない。
って思うのは何もオレだけじゃない。
殆どの人がそう思うはずだ。
そんなものを見せたって、そんな下らないバンドの世界には誰も入ってこない。
そうなると、当然新しいバンドなんか生まれないし、古参の連中だって新しい客を呼び込めない。

質が下がって面白い演奏するバンドも少なくなり、客も呼べなくなり…ライブハウスは経営不振に陥る。
その結果、ライブハウスを箱貸しすることで活路を見出すわけだ。

そうなると、主催者はその箱代を捻出するためにバンドにノルマを掛けるようになる。
※昔は主催者が居て、主催者が箱を借り、バンドを集め、宣伝をし集金もしていたのだよ。w
オレが、20代の頃には既にノルマ制が定着してた。
あれから30年…。(歳バレるなw)



状況は更に悪化。

バンドはドンドン陳腐化し、そんなものに興味をもつ若者は減り、ゲームや何か他の娯楽に流れ、少子化も手伝ってバンドの絶対数が少ない。
貸しホール化したライブハウスは更に経営が苦しくなり、ライブイベントをイベンターに任せておけなくなり、ハウス主宰のブッキングとして行うようになった。
つまり、箱がバンドに直接ノルマをかけるようになったわけだ。



もう結構前の話だが、オレの所にメールが届いた。

市内の某ライブハウスからだった。

○月○日に企画を組みます。
ノルマは○○です。
よろしくおねがいします。


と、こんな感じ。


ライブの企画内容も何もない。
日付とノルマだけが決まってる。w
オレには違和感あり過ぎで丁重にお断りした。w
コレに「参加する!」って表明するバンドってどんなだろう?と…。www


このノルマ制度。

賛否両論色々あるけども、オレはやっぱ嫌いだ。
「金出せば客なんか居なくてもライブ出来る。」って意識が生まれるからだ。
実際に、顧客が居ないバンドが金払って、そのブッキングに来る、他のバンド目当ての客をアテにしてたりする。
で、話を聞くと…


「俺達は始めたばかりのバンドでお客さんなんか居ないので、チケット売れなくて当たり前だ。」
「ノルマ払ってるんだから、集客無くても文句ないだろ?」


的な態度のバンドがあまりに多くなりすぎた。

昔は自分たちが無名なら、地下鉄駅の前で道行く人に声かけてチケット売ったもんだ。w
女子高生とかに声かけて、ナンパと間違われながらチケット売ったなぁ…懐かしいなぁ…。
それで来てくれた子と仲良くなったりしたもんなぁ…。
今の高校生はそういうことしないのかな?

まぁ、今どきそんな事してると、警察呼ばれるだろうけど。www

つまり金払ってブッキングライブに出てりゃ、他所の客が引っかかるだろと。w
つーかチケット売るのが目的になってるじゃん。
暴走族のパー券(死語)かよ?w


本来は、お客さんを呼ぶ所が目的であって、チケットを売るのが目的じゃない。
ここを履き違えたままのやつが多すぎる。

だから、ノルマ制度もちゃんと機能しない。


つかオレは、ノルマ制度がその勘違いを増進させたと思っている。




そこで、今年はノルマ無しライブを主宰してみようと画策しております。

でも、箱が無いとライブは出来ません。
で、この企画をPhantom of sorrow企画として実行するに当たり、箱の協力が必要不可欠です。
だって、ノルマ取らないでライブやるからには、赤字覚悟ですよ。
そんな時に、何万もする箱代を主宰自腹ってのはあまりにキツすぎる。
なので、その辺を箱にも泣いてもらおうと思ったのですが、そんな箱中々ありませんが、今回見つけました。


Vinnie's BAR です!



窪田さん全面協力で、ノルマ無しライブを実行できるかもしれません!

この企画と、オレと窪田さんを活かすも殺すも、全ては出演バンドの集客力に寄ります。
勿論、一定数のお客さんが入れば、バンドにギャラも出します。
入らなくても、バンドから罰金取ったりは、"今のところ" するつもりはありません。w

6〜7月頃に1回目をやって見ようかと思っております。


ノンジャンル・バンド形式で、「集客する!」って意気込みと、ちゃんと結果を出せるバンドならどんなジャンルでもOKです。
出演を希望するバンドは是非連絡下さい。

詳細をお送りします。



今後この企画をシリーズ化してやっていきたいと思ってます。
お客さんが居る、楽しいと思えるライブを一緒に作っていきましょう!!






2ヶ月連続のライブ企画、Feast of Fairies が終わりました。

ライブ企画なんかするの何年ぶりだろう?w

つか、実際はオレが企画したと言うよりも、Phantom of sorrow 名義で、ウチのシンジが中心になって企画したんですけどね。
まぁ、彼にとっても数年ぶりの企画みたいで、色々と忘れかけてることを思い出しながらやってたようです。
スタッフのロリータ娘(w)にとっては初めての経験だろうしね。

まぁ、思い出し思い出しやってるおっさんと、全部初めてなんです!って小娘の組み合わせにしちゃ上出来だったと思います。

あ、勿論反省点は多々有りますが、まぁそんなのは演ってりゃそのうち…てなもんです。
ウチはバンドであって、イベンターじゃないんで、そのへんは素人なんですって事で大目に見てもらおうかと甘えております。

でもまぁ、過去自分でライブ企画を起こすことって殆どありませんでしたね。

最後にオレが自分で企画したライブって、もう題名も忘れたけど20年くらい前に、「ノルマ無し」ライブを企画したのが最後ですね。
ノルマ掛けなくても、バンドが自分たちの演奏を見てもらいたいと思えば、一人でも多くのお客さんにチケット売ってくれるだろうと言う期待と、バンドにチケットノルマをい掛ける事が定着し始めた時代の話なんで、そういう風潮に対するアンチテーゼでもあったんですけどね。

で、出演バンド4バンドでノルマ無し。
箱代はオレが持ち出しで、バンドがチケット売ってくれればそれで穴を埋めれるだろうって目論見。

まぁ、順当に売ってくれれば、1バンド1万円程度の売上があるはずだった。
チケ代1000円で、1バンドで10枚売ってくれりゃ御の字の思っていたのだ。

フタを開けると、オレは2万円の赤字だった。w


内訳は…

もう名前も覚えてないが、当時珍しかったレディースのHR/HM系バンドが居て、そこの連中は凄く頑張って売ってくれた。
今みたいに、女の子なら黙ってて売れる時代じゃなかったし、むしろ「女がロックバンドだと!?何考えてんだ!?」みたいな反応の方が一般的だった時代。
彼女たちはチケット売るの大変だった筈なんだが、なんと4バンド中ダントツのトップ売上だった。

さすが、巷で話題になってたバンドだけ有る。

残りの3バンドは、その半分も売れてない。w
今となってはどんな奴が、そのバンドやってたのかも覚えてないが、とにかくオレは残念だったね。

1人で10枚売れって話じゃない。
バンドで10枚だよ。

4人バンドなら一人2枚か3枚。
5人なら1人2枚だろ?

1人で2枚のチケットも売れないなら、ライブなんかすんなよと、マジ思ったね。
こんな心構えのバンドが増えてるんなら、そりゃライブハウスだってノルマ掛けるように成るよなって思った。

もうオレが思ってた「ライブ」と言うイベントとは名前こそ同じだが、内容は全く違うものになってたわけだ。

それ以来、自分でライブ企画するのは止めようと思ったんだよな。

イベント企画はその後も、「きやへん倶楽部会」とかでやって、勝ち抜きギター合戦とかやったよな。w
懐かしい。
木下御大を審査員に呼んで、とりあえず酒のませて、ノーギャラで審査してもらったもんなぁ。

当時は「きやへん倶楽部」はメルマガだったんだよな。
その会員数が約300名くらい居た。
で、会員限定で「きやへん倶楽部」を開催したんだ。
まぁ、オフ会みたいなもんだった。
ただ集まって飲むだけじゃ面白く無いので、勝ち抜きギター合戦とかアトラクションを企画したんだよね。

その時のグランプリは、今じゃ札幌でも有名なセッションギタリストの町田くんだよ。w
ベースのグランプリは大西くん。
今じゃ、MI JAPAN 札幌校のベースの先生だ。

当時は今より音楽人口は少ないが、楽器人口は多かった。

この意味がわかるかな?

今は楽器なんか出来なくても、音楽出来る時代だってことなんだよな。


ま、そういうイベントはオレが主催で、箱代ももちろん被りますよね。
でも、オレお客さん呼ぶからさ。
別になんの人気があるわけじゃないけど、頑張って声かけるからさ。
あの時も、100人近い人が集まってくれて、若い連中は、勝ち抜き合戦に参加してくれて凄く盛り上がった。
その後、第2弾、3弾とやったが、だんだん規模が大げさになるんで、やめちまった。

ゲストに、札幌出身のプロドラマ-湊雅史氏を呼んだときは本当に面倒だった。w

「湊さんに会いたいので、参加させてもらえないですか?」って問い合わせが殺到してすごく大変だった。

オレも迂闊だったんだが、こういう場合はどう対処すべきかをシミュレートしてなかったんだよな。w
そんなこんなで、やっぱイベント企画は大変だって事で、その後は殆どやってない。

そして今回のライブ企画に成るんだが、オレはなんとライブ企画は20年ぶり。
もう何をどうすべきかほとんど忘れてる。w

シンジが全部やってくれたんで、なんとか助かった感じだけど、結局表看板はオレだからな。
そういう意味では、よくも悪くも結果はオレに返ってくる。

そういう意味でも、ウチのメンバー(スタッフも含めてね)はよくやってくれたと思ってる。
不手際らしい不手際もなく、概ね潤滑に運んでくれた。

細かい手違いとか無かった訳じゃないが、オレの出番は殆ど無かった。w
コレは凄い事だと思うんだよな。

今まではこう言う企画なんかはオレが端から端まで仕切らないと動かなかった。

今は違うんだよね。w

オレの出番なんか殆どない。
お飾り。w
来て頂いたお客さんに顔見せて挨拶するだけ。

後はただそこに座ってりゃいいだけ。
時には座ってるのも邪魔にされるほど、オレの出番は無い。

これは本当に凄い事だと思う。

どのバンドがどういう話になってるとか、何時からリハだとか、オレが気にすることは殆ど無い。
全部シンジが管理してやってくれてる。
オレは、集まった対バンのメンバー達に、ちょっと偉そうな顔して挨拶すりゃいいだけ。

バンドの物販も、既にオレの手を離れてる。
結果、在庫のチェックと金銭のチェックだけしてりゃいい。
売ったり集計したりしてるのはスタッフのロリータ娘のキラちゅーだ。

彼女はロリータ服で毎回バンドスタッフとして参加してるが、見た目以上に切れ者だ。
ただ、客の前でオレの頭をペシペシするのだけはやめて欲しいが。w

物販で売り子をするのは、ボーカルのカインの役目。
全体フォローをさり気なくやってるのは、ドラムのツヨシ。

ま、オレ的にはメンバー全員がバンドやバンド名義の各種運営にキッチリ参加している感がとても嬉しいし、感動している。

後は、アートワーク出来る人欲しいなぁ~って感じですね。
そうすりゃオレは作曲に専念できる!www


恐らく出演者もお客様も大きな不満も無くライブを終われたと思う。


今回、もう一つ実験的に採用していることが有りましてね。

対バンの参加表明後の各種やりとりを全部webで一括管理したんですよね。
コレは、オレ的にも実験だったんですが、この2回のライブでこれは今後かなり有効な手段であると確信した。

今回の為に作った専用プログラムを今、汎用化している最中なんですが、これ出来たらみんなで使えるといいなと思ってます。


また、次回ライブイベントを企画する事があると思いますので、その時も皆さん快くご協力頂ければと思います!


今後共、Phantom of sorrow をよろしくおねがいします!
※一部過去に何処かで書いてるかもしれない内容と重複してる部分があります。
※また、過去の話と食い違う部分もありかもしれませんが、なにぶん老齢化の為に記憶が曖昧になって来てますので、ご容赦下さい。w


つーことで、オレはまぁ一部の人からは、「弟子1号」と言う認識をされてる訳ですが…。

正直、弟子入りした事はないです。(笑)
じゃ、なんで弟子1号なのかというと、木下氏のBLOGだったか、掲示板だったかで、「木下さんの弟子」って人が書き込んでましてね。
だったら、オレは一番古い弟子なんじゃねーか?って勝手に思って、自ら「弟子1号」を名乗ったら、あっさり木下氏本人が認めてしまったんで、公式に弟子1号に成ってるって話は、前に何処かで書いたハズ。

でも、それとは関係なく、木下さんの存在はオレの中でものすごく大きかったんですわ。

高校時代に、駅裏8号倉庫って所(今は無いです)で初めてサーベルタイガーなるバンドを見ました。
中学時代、ロックバンドがやりたくてエレキギターを買って練習して、高校時代にバンドを組んで練習を始めたんですが、学祭以外で演奏するって事は無かったわけです。
外タレ(当時外国人アーティストの事を、総称して「外タレ」と呼んでいた。)の様なワールドツアーは勿論、アマチュアのくせに公でライブをやるなんて概念がまだ無かった時代に、アマチュアバンドでライブをやってたサーベルタイガーは、目からウロコでした。

と言うかオレがガキだっただけで、実はフェアリーとかブラインドホースとか、アマチュアでライブ活動してるバンドは昔から存在はしてたんですけどね。(笑)

まぁ、オレの中では彼らはプロなんだろうって思ってたんで、当時アマチュアであるはずのサーベルタイガーがライブをやってるってのは、衝撃だったんです。
この瞬間にオレは趣味の音楽から脱皮して、本気でプロ(当時はプロ=メジャーデビューでした)を目指そうと思ったんですわ。

その後、木下さんの家に押しかけ、無理やり知り合いになって、サーベルタイガーのスタッフの真似事を初めて、木下さんから盗めるものは盗んでやれ!と思って、くっついてました。(笑)

今思うと、よくぞこんなオレをそばに置いておいてくれたもんだと思います。(笑)

数年経ち、自分でもバンド始めたり、就職して時間が無くなってくると、バンドボーイは務まらなくなります。
と言うか、オレが居なくても他にサーベルファンが増えて、ボウヤをやりたい、スタッフをやりたいって人が増えてきたんで、自然消滅的にオレの場所は無くなる訳です。

それから数年はちょっと離れたところに居たんで、特に5人サーベルの時代は殆ど知りません。
オレにとってのサーベルタイガーは、激しいストレートな曲調の3人サーベルなんですよね。
マボロシでさえ、キャッチー過ぎてなんか違うなぁ〜って感じです。

メタルライダーとか、マシンガンとか、スピード感あふれるストレートで暴力的で激しい曲調のサーベルが好きでした。

そんなサーベルタイガーに憧れて、オレもサーベルに肩を並べるバンドをやろうって思って、今日まで来ました。
まぁ、サーベルタイガーがどの程度かとか、色々あるんでしょうけど、オレには一番最初に、夢は実現できるんだ!と教えてくれたバンドでした。

まぁ、よくも悪くも「札幌はサーベルだよなぁ〜」と今だに言われることが多々あります。
確かに、HR/HM系統ではサーベルが今だに札幌の頂点ではあります。
木下さんが引退するまでこの状況は変わらないでしょう。

越えられない壁ってのがあるとすれば、それはサーベルタイガーなんじゃないかな?とさえ最近は思いますね。

オレはそんな偉大な人に「弟子1号」として認められたわけです。
多分、初めて肯定的な対応をしてもらったんではなかろうかと思います。(笑)

お陰で、オレの認知度が一気に上がり、各方面からキヤさん、キヤさんと言われてありがたい感じになってますが、その殆どが木下さんのおかげだと思ってます。

今となっては、サーベルタイガーの楽曲はオレには難解でその良さもどんどん解らなくなってきてますが、木下さんのギターの音は変わってませんね。
音ってよりも、ニュアンスって言うんですかね。
タッチですね。
チョーキングやビブラートのかけ方とか、コードの鳴らし方や、アーミングのポイントやタイミング。
この辺は、この30年変わってないように思えます。

気がつくと、オレのギターにも木下節が息づいてるようで、いろんな人に「さすがに木下さんに似てますね。」と言われるのだが、それにはオレもちょっと悔しい訳です。
「オレは木下昭仁のコピーじゃねーぞ!」
と思うわけですが、そもそもあんなに技巧的に弾けません。(笑)

でも、下山アニキに、「キヤさんのギターは昭仁ちゃんとそっくりだねぇ〜」って言われたときは、さすがにちょっと嬉しかった。
そこまで似てるんならまぁ良いかなって。
実際に、何年も木下さんと一緒にサーベルタイガーで活動してる下山アニキに言われるなら、もう仕方がない。

「似ててもいいじゃんかよ!こっちゃもう30年も木下ギター聞いてんだよ!」

って感じです。w

でも、意識的にサーベルのコピーはやりませんでした。
札幌のギタリストは、木下コピーばかりだなと言われるのが嫌だったからです。
でも近年、忘年会の出し物として昔の数曲をコピーしただけです。

その時も、酔っ払った今井のお兄ちゃん(初代ベースボーカルですな)から「キヤくんギター上手いんだね〜。木下くんそっくりだったよ〜。」と言われたこともあります。
さすがにその時は、嬉しさよりも「今更っすか?w」と思ってちょっと笑ってしまいましたが。www

ともあれ、多分木下さんが居なかったら、オレはここまで固執してバンド活動とかしてなかったと思います。
いくつになっても、どんな状況でも、「継続は力なり」って言葉で邁進してきた木下さんが居なければ、オレはその教え「継続は力なり」をそれこそ、継続できなかったと思います。

バンド仲間の友人も沢山居たんですが、今時点で継続してる人は数える程しか居ません。
オレは大した上手くはないですが、30年ずーっと継続してきました。
途中で休んでいません。
それだけが自慢です。

「中抜けして、オジサンになってから帰ってきた人ととは違うんだ!」って意識をもって活動してます。
それがどうした?と言われるかもしれませんが、それでもいいんですね。
価値観の問題ですから。
オレには、継続するだけ魅力のある世界だった。
そうじゃない人にはそれほど魅力ある世界じゃないんだってことですね。



因みに、MIやら何やら各所でギターを教えてる木下さんですが、オレがこの30年で明示的に木下さんに教わったのは、この「継続は力なり」って言葉と、「マボロシ」のギターソロを途中までです。(笑)
バッキングと残りのソロは、弟子2号のクニヤから教わりました。(爆)

それでも、セッションなどで弾くオレのギターには木下節が満載だそうです。
まぁ、仕方がないですね。

師匠なんだから。www















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