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KIYA-HEN CLUBLOG 2016年度版  「ヤバイよっ!」って言われても、言っちゃうんだけどさ…。(笑)
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バンマスである谷藤氏より、「感想をきかせろ!」と言う事で頂いてきた。
  
早速聞いてみた。
 
ふ〜む。なるほど。
オレも元Recallなので、手放しで褒める訳にはいかない。w
むしろ、粗探しをする立場だろうて…。
オレはこの谷藤氏とほぼ同世代で、まして数年一緒にRecall演ってたこともあるので、彼の育ってきた音楽的環境がなんとなく解ってしまって、だからこそ音の裏に隠れた意図が見え隠れしちゃったり、粗も見つけちゃったりする訳ですよ。w
 
先ずはこのアルバム名義だ。w
 
演者の名義が「R-2」でタイトルが「Recall」らしい。w
これはCDをiTuneに読み込ませるまで気が付かなかった。
てっきり、RecallのR-2と言う新譜だと思ってたら違った。w
この辺の小細工が小憎らしい。www
 
まぁつまり、コンセプトとしては「R-2と言うユニットがRecallをカバーした。」って体なんだろう。
きっと…。w
 
しかし、そうなるとあまり粗が目立たない。
無いとは言わないが、目立たない。
個人的には、選曲とか幾つか注文付けたいところはあるのだが、「R-2であってRecallではない」と言うなら、そんな選曲もクソもないのだ。
多分、普通に聞いてる人には気が付かない部分なので、全体的な感想を述べるとライナーノーツにある石川さんの言葉通り「いいアルバムができました」って言うことだと思う。
なので、辛辣なことを書くのは止めようかと思ったんですが、それでは内輪としての職務を全う出来ないので、敢えて重箱の隅を突くような行動に出ます。www
 
以下、重箱の隅…w
 
●最初に気になったのはアルバムの選曲。
オレとしては「カツゲンは要らねーだろ?」って思う。
この曲は初期Recallの曲で、オレもアレンジさせてもらった曲だが散々やってる。
だから「今更其れを持ち出すんか?」感が満載だ。
しかし「R-2としては初のアルバム」だから、このRecallの代表曲が入ってても良いじゃないかって意見もわかる。
だから、こう言う小賢しい設定は嫌いだ。www
 
 
●Juvenileはオレが居た時代のRecallの曲だな。
このアレンジを考えるのに、オレはとにかくインパクトが欲しかった。
まぁつまり、オレじゃなきゃ出来ないだろ?他の誰が演ってもこの曲は再現できないよ!?みたいな優越感ね。www
 
そんな曲がすっかりと枯れて良い感じにレイドバックしてる。
 
けど、この曲でデルタブルーステイストのギタープレイはちょっとどうかな?って思うんだがね。
だって、流石にベドウィンはミシシッピでチャイは飲まないだろう?w
そもそもの歌詞は中東をイメージさせる内容な訳で、曲のタイトルや歌詞の内容から「アラジンの魔法のランプ」とか「アラビアのロレンス」とかを連想するのが正しいと思うわけ。
けして「トムソーヤの冒険」とか「風と共に去りぬ」とか思い出しちゃマズいわけよ。w
そういう意味でね、オレはちょっと悲しい気持ちがある。
歌詞って大切なのよって部分でね。
 
  
●何度も言うがカツゲンはもう要らないだろ?これ以上飲んだらお腹壊すよ!?www
ってくらい聞き飽きた。w
良い曲だと思うが、美味しい料理でも毎日出てきたら飽きるだろ?
Recall絡みのアルバムで毎回出てくるこの曲は、もうお腹いっぱいである。
アレンジも散々やったはずで、フォーク調、AOR調、ニューミュージック調、ロック調、これ以上どうする?w
どうせ演るなら今度は民謡調とか長唄調とかにしてくれよって思う。www
 
 
●「EVERYTIME YOU GO AWAY」はPAUL YOUNGでいいのかな?
ライナー見ると、DARYL HALL&JOHN OATESバージョンみたいなんだけど、結果的にポール・ヤング的テイストに成ってしまっているのが興味深い。w
ただし、どちらのバージョンよりもよりエスニックに成っているけども。w
これを日本のものとしないでエスニックな国籍不明的アジアンテイストにしたのは正解だと思う。
アジア人のアイデンティティを大切にするって事はそういうことだと思うんだよね。
 
 
●Cry Baby Cry ~2016 Ver~、これはJJの曲かな?
正直、原曲を知らないのでどうしたもんかと思うが、コレを聞く限りこの次の「陽炎の〜」と、この曲は、一番今のRecallらしいサウンドに仕上がってる。
このアルバムの中でこの2曲は普通のRecall作法で仕上がってんじゃないかな?
沖田くんアレンジだろうなって思うギターも沢山使われてて、安心する仕上がりではある。
このアコースティック感がRecallの真骨頂だとは思う。
同時にRecallはロックバンドではないことの証明にも成っていると思うんだ。
だから、オレが参加して無理やりロックへ近づけようとしたのはやはり間違いだったって思えるサウンドだよね。
ただし、あの時期があったからこその、このアコースティック感の完成度だと思うんだよね。
ソレ以前のRecallのアコースティックは四畳半フォークのテイストだった事を考えると、これはバンドとしてかなりの進歩だと思うわけ。
 
 
●陽炎の立つ街で ~2016 Ver~もね、Cry Baby Cry ~2016 Ver~と同じ感想なのよ。w
これは、沖田くん時代の曲みたいだけど、曲のテイストはCry Baby Cry ~2016 Ver~と同じに作られてる。
このアレンジをRecallのライブで演るのかどうかは知らないけど、コレはコレで良い感じに世界観が見える。
なんつーか、風景が見える曲だと思うわけ。
サウンドは現代のものだが、風景は昭和40年代の色なのよ。
都会なんだけどセピアっぽい感じ。
新宿の古い映画館で、古い名作の白黒映画を見てて、映画が終わって外に出ると現代の今の新宿の雑踏の中なんだけどね。
そんな中家路につくわけだが、今見た映画を思い返してて現実の風景と気持ちの中の風景を一生懸命シンクロさせようとしながら電車に乗ってる感じ。
でも電車の人混みの中で、まだ自分だけ映画の世界から帰って来れてない孤独感みたいなね。www
 
この風景が見えるってのは、アルバムには大切な要素だともうわけ。
コレをこなせるミュージシャンはメジャーのプロでも中々居ないから、これを表現できるのは凄いことだと思う。
加えて、このアルバムの中ではこの曲が一番いいと思う。 
 
●最後の「それはスポットライトではない~It's Not The Spotlight~」。
日本語タイトルを採用してることで、ロッド・スチュワートではなくて、浅川マキバージョンであることは想像に易いが、浅川マキバージョンよりも更にシンプルにされていて、後半はやはりブルース長に成ってしまう。w
沖田くんのブルースギター、確かに上手いんですよ。
けど、オレにはもっと別次元での違和感がある。
  
 
●全体を通して思うのは、沖田くん節が炸裂してるってこと。w
「ブルース好きなんです!」ってギターが言ってる。
今までJJ時代も含めて、ココまでブルーなサウンドに成ったことは無いんじゃないかな?
ライナーにも有ったが、沖田くん評としては、「面倒くさいやつ」とか「拘る人」とか言われてたが、オレも其れには同調する。w
彼は「拘り」が強いと思うんだよね。
まぁ良くも悪くも、全部沖田くんの世界観が全面押し出てて、谷藤さんのボーカルがメインなのか、沖田くんのギターがメインなのか?って感じが多々ある。
つまり、二人が好き勝手に歌って演奏してる感じで、全体のアンサンブル等あまり考えてないんじゃないか?って位自由に演奏してる。しかし、その疑問は「これはR-2のアルバムである」ってことで解決してしまう。
観点を変えると「R-2」であることで、二人の「合同ソロアルバム」みたいなテイストに成ってる。
 
谷藤勝彦のソロアルバムであり、沖田真理のソロアルバムでもあるってことだ。
やはり狡いぞ!谷藤!w

  
●意外だったのは、先にも書いたが全体にブルーステイストに成ってることだ。
これは、賛否の別れるところだと思う。
「谷藤氏の新たな挑戦としてのブルースへのオマージュなのか、それとも……」
みたいな感じ。
オレはここまでステレオタイプなブルースプレイは自分でやるにはちょっと恥ずかしい。w
「一般的な日本人が思うデルタブルース」という形で、所謂ブルースファンから見るとかなりデフォルメされたサウンドだったりフレーズだったりする。
「Juvenile」のイントロや、「それはスポットライトではない~It's Not The Spotlight~」の後半部分なんかは、まさに普通の日本人が思うデルタブルースのスタイルで埋められている。
「それはスポットライト〜」の間奏には、ディキシー風の口トランペットなんかも登場してて、ちょっと笑わせてもらったけどね、逆の見方をすると、この辺の消化具合はどうしたものか?と思ってしまう。
プレーヤーの技量の所為ではなく、意図してやってる(好きでやってる?)と思うので、このチョイスは何?ってちょっと思う。
 
 
●そもそもブルース、しかもデルタブルースを日本語でやるってのはどうなの?w
音楽って、究極はリズムなんですよ。
現代音楽におけるリズムってのは、そもそも言葉から生まれてるんです。
だから、ブルースがブルースで居るためには、その言葉のリズムを継承しなきゃいけない。
つまり、英語で歌うべきなんですね。
だから谷藤氏も一応、「それはスポットライト〜」の英詩の部分でブルーステイストに切り替えたんだと思うわけです。
 
歌はその言葉があるからそう聞こえる訳で、日本語でどんなに巧みにブルース演っても、結果ブルースに聞こえないんですよ。
だからそれを演ってしまうと「陳腐ですね」って言う感想になってしまう。
 
この辺はね、日本人のアーティストがもっと気にすべき部分だと思うんです。
ここを解決しないと単に「低レベルな、洋楽のモノマネ」に成ってしまうだけで、ちゃんと消化されてるとは言い難いと思うんですわ。
 
とは言いつつも日本語でブルース歌ってもいいと思うんですわ。w
但しそれは「淡谷のり子」みたいに成るってことであって、「ロバート・ジョンソン」みたいに成ることじゃないんですよね。
ココを真摯に受け止めることで、迷走を避けることが出来ると思うんですよね。
これを間違うと迷走した後、陳腐に成る。
 

話が逸れましたが、そういう意味では、このアルバムには若干の迷走感が漂ってると思うんですよ。
それがサウンドに出てしまってるところも多々あって、これは隠せないんだなみたいなね。w
普通に聞いてたらわからないと思うけど、オレは感じちゃうんですよね〜。
 
 
●「R-2のそれは遊びだよ」って意見もあると思う。
宇多田ヒカルが「R&B」だと言われて、いつの間にかアレがR&Bだと誤認されてしまう国ですから、そういうのも有りなのかな?と思う反面、ソレを許してしまう風潮がいつまでもグローバルになれない田舎国家である理由でもあると思うわけです。
例えば、日本の民謡や演歌を英語で歌われたらどう思うか?ってことを考えたらオレが言わんとしてることが理解できると思うんです。
道民ならソーラン節を英語で歌われて、それをソーラン節として認められるか?って部分に抵触する話です。
逆にその未消化な感じを意図的にやってるならば、ちょっと洋楽やブルースに対するリスペクトが足りなくないですか?って思ってしまう。
 
いとしのエリーをレイチャールズがカバーしてアメリカでヒットして、結果マリーナ・ショウのYou Taught Me How To Speak In Loveのパクリだろ?って事が暴露されて訴えられたりして騒いだ話は覚えてると思うけど、サザンオールスターズの桑田さんのあのボーカルセンスは秀悦だと思うわけ。
確かにYou Taught Me How To Speak In Loveのパクリと言われれば其のとおりですねとしか言い様がないんですが、逆に言えば、そのMarlena Shawのテイストをあそこまで日本語に置き換えた技量は凄いと思うんですね。
言葉の壁をある意味乗り越えた感があったんですよ、あの話は。
 
Marlena Shaw → 桑田佳祐 → Ray Charles と、3段活用されてるわけですから。
英語から日本語へそしてまた英語へ。
この流れをちょっと考えてみれば、デルタブルースをどうすれば日本語で歌えるかかが見えてくるような気がします。
 
 
●ライナーに「メンバーが洋楽好きなんだな」って書いてあって、まぁ其のとおりだと思うんですが、それをどう表現するかって部分が問われてくると思うんですよね。
特に、オトナのプロミュージシャンがこういうアルバムを出すことに成れば。
自分たちのオリジナル+洋楽のカバーも織り交ぜてのアルバムですから、その辺のテイストをどう統一していくかって話になる。
谷藤氏も沖田くんも、オレから見ると、洋楽=AOR な人達なんですよね。
ロックなんだけど、あんまり激しくない。
コンサート会場に、スーツ姿のオトナが立ち並ぶような、革ジャンのガキは来ないみたいなイメージ。
 
でも多分、谷藤氏はあまり大したこと考えてないと思うんですよ、このアルバムに関しては。
映画で言うところのRecallのスピンオフみたいな位置づけだと思う。
だからブルースの消化具合よりも「面白いだろ?」って所を押し出してんだろうなってのは分かるんですけどね。w
色んな所にデルタブルース(多分沖田くんの好みだと思うけど)のテイストが散りばめられてて、しかも一般人に解りやすく。
この辺のわかり易さはすごく大切だけど、同時に音楽的完成度を引き下げる嫌いもある。
つまり本来隠し味であるべき調味料が大量に振り掛けられ、「調味料の味がする料理」みたいに成ってしまう嫌いがあるってことだ。「味の素入ってますよぉ〜」みたいな。w
これはね、味の素が好きな人には堪らないかもしれないけど、旨い料理を食いたい奴はこの「味の素」はちょっと邪魔かもしれませんね。
 
 
●そうなると日本語を大切にしつつ、そこにどんなリズム載せて行くのか?とか、逆にこのリズムにどう日本語を載せていくのか?
って言うテーマが最後に残ると思うんですよね。
オレがRecallの曲をロックテイストにアレンジした時は、「既に日本語で出来上がってる曲をどうやってロックにするか?」って言うのが本当に骨の折れる作業だった。
しかも、谷藤さんの癖のあるボーカルで普通の当たり障りない日本語じゃない。
歌うために、アクセントも何もかも口語とは変えられており、リズムに載せるためにわざわざ歪めてあったりする。
そこを更にロックテイストに持っていくために、ボーカルの技量が試される瞬間でも有った訳だが、結果は前のアルバム「Exit Of The World」を聞いてもらえればわかると思う。
これは、一つの方法論だと思うし、Recallとしてはこの部分は充分に習得してると思うので、今回谷藤氏があえて名義を変えてまでこのアルバムを出したってことは、何か意図があるのだろうと思って聞いている。
 

●総評としては、オレがいた頃のExit Of The Worldが「実験室から持ってきたアルバム」だとしたら、コレは「おもちゃ箱から引っ張り出したアルバム」なんじゃないかな?って思うんですよね。
「プロミュージシャンが、アマチュアバンドやってみました。」的なイメージのアルバム。
其のくらい自由にユルくやってるんですが、ちゃんと完成度は高いと言うね。w
この辺の完成度の高さが、谷藤氏のプロミュージシャンとしての拘りなんだろうとは思うんですが…。
元々のRecallのコンセプトを感じられるアルバムで、アルバムとしては良い出来だし、石川さんいわく「開店から閉店までかけ続けてた」アルバムですから、相当なものだとは思います。
オレ的には、スピンオフはスピンオフとして楽しめるが、ソレは本体が楽しいから成立する訳であって、スピンオフだけ良いって事は無いんですよね。
だから、このスピンオフ(R-2)の本体である「Recall」が、今どれほど良くなってるかってのは想像に易いと思うんですわ。
 
 
●まぁダラダラ書きなぐりましたが、このままRecallが良くなってくれれば、一時でも参加してたオレも一緒に評価されるだろうコトを期待して…。w
結論は、既に石川さんに言われちゃってますが、「いいアルバムができました」って事だと思います。
 
ではでは。www

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