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KIYA-HEN CLUBLOG 2016年度版  「ヤバイよっ!」って言われても、言っちゃうんだけどさ…。(笑)
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【32bitOSを64bitOSに入れ替えて見る。】

結論から言うと失敗。w

原因は、BIOSで起動ドライブを選べないから。
このKJT-80WはAMIBIOSなのだが、スターアップドライブが内蔵ディスク固定になっていて、外部ドライブからの起動が出来ないようだ。
外部ドライブから起動できないと、新しいOSのインストールは不可能に近いことになる。
まぁ、内蔵ドライブにインストールディスクイメージを展開して、そこからインストールするという荒業も残されては居るが、それを確実に行うには本体をバラして内蔵ディスクを取り出して、別なPCでインストールディスクイメージを展開して起動できる状態まで持って行かなきゃならないわけだ。
正直、そんな面倒なことはやってられないので却下。
同じ理由でLINUX化構想も破綻した。w
まぁ、他のメーカーのタブレットなら外部ドライブから起動できる製品もあるだろう。
そう言う製品を持っている人はトライしてほしいなぁ〜。
特にLINUX化。w
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もう、Windowsとお別れして久しいのだが、手持ちのiPadが古くなってきたので、新しいiPadがほしいなと思いつつ、ソフトバンクの窓口などで見てるとやっぱ高いんですよ。
使用頻度や内容から考えてもやっぱちょっと庶民が手にするには割高感が満載でしてね…。
実際に使用してるのはアンドロイドタブレットでも充分使えるような内容で、どうしてもiPadじゃなきゃダメだってのはガレージバンド位。w

で、気が付くと、Windowsタブレットを手にしていた。

2015年春頃に発売に成った、KEIAN KJT-80W。
もうすっかりこの手のガジェットには疎くなってしまったが、こいつは他のタブレットの殆どのメモリーが1Gだった時代に、2Gのメモリーを搭載し、32GのSTORAGE空間を持っているって事で、オレ的にはなんかお買い得感まんさいだった。
実売価格も17000円を下回っており、Win8.1搭載機としては、コスパはかなり良い方じゃないかと。

取り敢えず起動してみたが、そもそもWin8.1の使い方がわからない。w
普段は、Mac OSX 10.9 とかを使ってる。
仕事でWindows10なら触ったことがあるので、もうすぐさまアップグレードしましたよ。
で、あっという間に、Windows10 32bitの環境が構築できました。

幾つか便利ソフトもインストールして携帯して歩くにはちょうどいい感じに仕上がりました。
しかし、こいつはタブレットモードにしておかないと文字が小さくて読めない。w
PCモードのままだと8インチの画面じゃ小さすぎて何だか判らないのですよ。
で、タブレットモードにすると今度はアイコンの並びが例のWindowsメニュー状態なのでこいつのカスタマイズがまた一手間な感じです。

それでも、ネットで拾えるフリーソフトをインスト出来るんで、使いたいソフトだけで構成しておけば随分と便利なタブレットって感じです。
但し使い勝手はアンドロイドの方が便利そうですけど。w
これは、アンドロイドじゃ出来ない凝った作業を手軽にすると言う感じですかね。

使っていて気になったのは此位ですが、この後思いつきました。

1)64bit版のWindowsはインストできるのだろうか?
2)リナックスとかはインストできるのだろうか?

この2つの疑問が湧いてくるともう試さずには居られなくなります。
既にディスククリーンアップで、8.1の復旧ファイルは削除してしまいました。w
ミスったらただの板切れに成るであろうが、それでも試さずに居られない。

後日、試した結果をご報告いたします。w
ではでは。

今まで「ポップスを習う」事にかなり抵抗を感じていたが最近は感じなくなってきた。
15〜6年ほど前になるが、札幌にMI札幌校の立ち上げ準備が行なわれてた頃に、「MIでギターを教えないか?」と誘われたことがあるんだが、結局悩んだ末に断った。
 
理由は、当時サラリーマンをしていたので、GITの為に時間を割くのが困難だった事と、もう一つは「ロックなんか習うものじゃねーだろ?」って考えがあった。
 
実は更にその10年ほど前から、当時はアメリカのMIで世界的に生徒を募集していて、親しい友人のドラマーがそのカリキュラムに参加するべく、英語の勉強をしつつ渡航費を貯めていたのを見ていた。
 
「アメリカまで行ってドラムの勉強ってなんだそれ?」ってのが、正直な感想だった。
まだ「楽器演奏を習う」って習慣が根付いてないので、クラシックの音楽家ならともかく、ロックやポップスやるのに、誰に何を習うんだ?って思ってたんですよね。
 
その彼が約1年アメリカに滞在し、現地で生活しながらスクールに通い、ドラムを習得してきた。
多分実質半年くらいだったと思うが、その短期間で彼は大きく化けた。
もう地元じゃ誰も彼に追いつけないだろう事は明白なほどカレのドラマーとしての腕前は上がっていた。
 
「スゲーなアメリカMI!」と思った。
彼以外で身近な所でMI(L.A)に行った人は当時は殆ど居なくて、オレはMIに行くと皆彼の様になると思っていた。
しかし現実は違った。
オレの感覚では「こいつはダメだろ?」ってミュージシャンの方が多かったんだよな。
アメリカ帰りで著名なミュージシャンに師事したことで、若干天狗になってるような奴ばかり。
演奏させると使えない。w
でも理屈だけは立派で、ガンとして他の意見を聞き入れないし、何につけても上から目線。
こんな奴とは一緒に音なんか出せないなぁ〜と思ったことで、オレのスクール嫌いが始まった。
つまり、「(スクール卒は)頭でっかちに成るだけで、良いことがない。」と思ったわけだ。
なのでそれ以来スクールにはかなり否定的だった。
そんな事があった数年後、例の札幌MIの講師に誘われた訳だが、まぁ結局断った。
 
で、その後数年経過して、スクールは割りと当り前で、其の気に成れば誰でも通えるし便利でお手軽。もっと言えば、学生の進路選択肢の一部としても機能している。
ただし、就職率は微妙だがね。w
 
そこで、オレもそろそろ意識を変えていかなきゃならんと思い始めたのが10年前。
GITは断ってしまったので、他で講師でもやろうかと思ったが、自分は完全に我流なので、所謂システマチックな講義は出来ないので、まぁ自分流にのんびりやろうと思うようになった。
で、色んな生徒さんと出会うことで、このスクールって形式の真実が見えてきた。
 

オレが嫌っていたスクールは、先生や学校の問題じゃなく、そこに通う生徒の問題だったことに気がついた訳だ。

 
つまり、生徒のやる気の問題というか、意気込みの問題だってね。
オレが講師をやる場合は、「教えてもらおうとするな。盗み取れ。」と言ってる訳でね。
オレの技量がどの程度かは知らんが、その生徒はオレから何かを学びたいから他のスクールを選ばないで、オレの個人レッスンを選んだんだろう。
ならば、その生徒はオレから技術や思想を盗めばいい。
「教えてあげるからお金ください。」とは最初から言ってない。
逆に、そういう気持ちの生徒は1ヶ月で辞めていくが、オレは追いかけない。
そんな生徒を無理矢理つなぎ留めてまで、地元の音楽のクオリティーを下げたくないからだ。
盗むチャンスを与えるから、その時間オレを拘束するわけだから、対価をよこせと言ってるわけ。
中身はオレが充実させるんじゃなく、生徒が自分で充実させるように仕向けてる。
 
で、結果的に其のくらい貪欲じゃないとモノにならない。
だから頭でっかちに成ってる奴は、先生に甘えてて、自分じゃ何も追求してないに等しいと思うんだ。習ったことが全てで応用も何もないような画一化された人材というか…。
それでも、その条件下で優れた奴は出てくるわけで、そういう奴は多分、スタジオワークやバックバンド等では重宝されるだろう。
技巧的で、知識もあるが、個性がない。
出てくるフレーズは教科書のままだが、こんな「STAP細胞並に便利で使いやすい材料」は他にないだろう。
 
ただ、

本当にやる気のあるやつは、スクールに通おうが、個人レッスンを受けようが、我流で独学だろうが関係ない。

必ず、頭角を現すように成る。
自分の生徒の中から、そういう奴が出てくれば嬉しいが、現実は中々厳しいよね。w
そもそも、そういう奴はオレのレッスンには来ないだろうけどね。www
 
 



まずはこれを見て。

フレーム非表示の人は、このURLをクリック。

https://www.youtube.com/watch?v=vlh5aewBI2w

こんな事が起きるんだなと…。

や、泣ける…。

ここ最近、ペダルの見直しをしてるのだが、70年代モノのマーシャル1987+グリーンバックのAキャビってコンビネーションなのですが…。
 
現状のペダルセットは…。
 
DEAN 79V + DiMarzio DP100
 ↓
tc electronic PoriTune mini
 ↓
TDC 005 CLASSIC LEAD
 ↓
Molly VAI1
 ↓
ZOOM G3
 ↓
BOSS FV100
 ↓
4つ穴マーシャル1987→Aキャビ・グリーンバック
 
なわけです。
で、ディストーションと空間系をG3で作ってるわけですが、ノイズリダクションが効く瞬間のタイムラグで一瞬ハウリングが起きるのです。
で、歪加減やなんかを調整して行くと軽減するのだが、今度は音色がイマイチに成ると言うジレンマ。
 
そこで、G3で歪ませるのを止めて、アナログペダルに回帰しようかと画策し、手持ちの古いペダルを持ち出してきた。
用意したのは…
BOSS SD-1改(90年代の国産をベースに艶ありJRC4558DDを盛り込み、一部の回路変更とクリップダイオードを変更してある)
BOSS OD-1(80年当時のノーマルのママ)
BOSS OD-1改(80年代当時モノのジャンクを修理したもの。2005年に修理した時点でOPA以外の全ての電子パーツはその時点のパーツに置き換えられている。OPAは艶ありJRC4558DDで、基板はオリジナルで回路変更は無し)
BOSS MD-2(ノーマル)
MAXON D&S2(70年代ものでノーマル)
Ibanez JEMINI(スティーブ・ヴァイモデル・ノーマル)
Bixonic Expandora(1994年製の初期モデル・ノーマル)
SCHECTER DRAGON DRIVER(小林信一モデル・初期型ノーマル)
 

まず、結論。

オレが持ってるマーシャルが古すぎる。w

 
比較的最近のモデルである、JEMINIとDRAGONDRIVERを最初に試した。
 
◆ DRAGONDRIVER(以下DD)。
こいつは、以前JC120で試した時はすこぶる良かった。
歪は何処までも深く、トーンコントロールでかなり広範囲の音色が作れたので期待していたが…古いマーシャルとは合わなかった。w
年代が違いすぎるのか、DDの得意な音域と、古いマーシャルが得意とする音域が全く合ってない。w
アンプ側が軽くクランチする(1987はそれがデフォルト。所謂JCみたいなクリーンなんか出ない。w)ので、ソレに合わせて歪を調節するが、トーンが全くマッチしない。w
DDのトーンを弄るが「ここだぜ!」ってポイントに出会えない。
数分試したが、これ以上試しても意味ないなと直感的にわかるほどマッチしなかった。w
 
◆ Ibanez JEMINI。
VAI先生御用達のDriveEffectですが、こいつだとハウリングを起こす。w
つまり、ZOOM G3 のノイズリダクションをOFFにした状態に近い。w
GAINのメモリが0とかじゃない限り、LEVELを上げるととたんに泣き出す。
こいつも4つ穴は嫌いらしい。w
ハウらない所で無理やり使ってみると、全体にモコモコしたサウンドに成るためコレもNG。
現代エフェクターからは、4つ穴は嫌われものであるらしい。w
 
◆ MAXSON D&S2。
こいつも当時は銘器だったんだが、今聞くと半ばぶっ壊れたFAZZ。www
GAINを上げていくと、変なコンプ効果がでて、「ンッガー」って感じになる。
GAINを下げ気味にすると、原音に膜を貼ったような解像度の低さが目立つ。
なので、ヌケを意識して調節すると、結局LOWが無くなり、音痩せが強調されるので、これも頂けない。
 
◆ BOSS OD-1。
こいつも銘器で、当時JCM800 1959にこいつを繋げるといい感じだったのを覚えているが…。
現代版(当時)1959なJCM800は、ソレまでの70年代のビンテージ1959に比べて歪が増しており、低域がかなりブーミーに成っている。
其のため、OD-1の音やせはそのブーミーさを取り除いて、ヌケを良くしてくれる効果があった。
つまり、ビンテージ1959的な分布のママ歪だけが増す感じに出来たわけだ。
しかし70年代の1987では「音やせマシン」でしか無かった。w
ある程度音やせが気にならなく成るようにするには、音量をかなり上げなくてはいけない。
そうすれば確かに歪むが、まるでウッドストックのジミヘンの様な音になる。
SymphonicMetalやってんのに、音Woodstockとかありえん。w
いい音なんだが、パープルヘイズやるには丁度いいが、自分のバンドでは使えない。w
 
◆ BOSS OD-1改。
2000年代のパーツに置き換わってるんで、所謂ブティック系と同じ感じのはずだが…。
オリジナルよりも、少し解像度が高いくらいで、気分はちょっとHi-Fiなジミヘン。w
試す時間がもったいなかった。w
 
◆ BOSS MD-2。
G3を導入するまで、実はこいつを使ってた。
しかし、その当時はJCM900を使ってたんで、これでも良かった様な記憶がある。
で、4つ穴1987に使うと…もうブーミー過ぎて嫌になる。w
どう調整しても「ブー」としか言わない。
 
◆ Bixonic Expandora。
購入当時は、手元ボリュームやピッキングニュアンスに追従する、コスパの良いペダルだった。
モードはクランチモード。
こいつをつなぐと…シャリシャリ。w
痩せ痩せになるので、これもちょっと厳しい。
痩せを考慮した音色を…と思うが、知ってる人は知ってると思うが、ビンテージの4つ穴マーシャルのトーンコントロールなんか、気持ち程度にしか効かないので、4つ穴のトーンは歪ませるためにフルにして使うのが定石だった。
だから、アンプでトーンコントロールとか殆ど出来ないし、事実上意味が無い。w
コレはこれでいい音なんだが、オレの出したい感じとは違う。
 
◆ BOSS SD-1改。
今回の中ではこいつが一番良かった。
若干痩せるがまぁフォローできる範囲だったし、歪み方もわざとらしくなく、自然な感じで1987をそのままブーストしたような感じ。
ただ、ノイズが多いのと、やはり解像度が落ちる。
我慢できないこともないが、弾いてるウチに気になりだす。
音の方向性はやはり古いハードロックな感じで、言う成れば、VAN HALENのブラウンサウンドに近い。
つまり今時の太いディストーションとは程遠い訳だ。
ウチのバンド的にはこれでも良いのだが、もう少し解像度を上げたいのと歪を深くしたい。
これをベースにまた改造するしか無いのかなぁ〜?とか思いながら取り敢えず今回は却下。
 
◆ TDC 005 CLASSIC LEAD。
ついでにこいつを単体で鳴らしてみた。
こいつはダントツで最高!
改めて、コイツの高性能さを感じる。
痩せ感は殆ど感じないし、解像度も殆ど下がらない。
GAINを低く設定すると、ONなのかOFFなのかが判らないほど自然な音がする。
で、GAINを上げて、イコライザーで積極的に音作りすると、これまた丁度いい所でいい感じにドライブする。
弾き比べてわかる、このペダルの底力。
過去の銘器が全部化石に見える。
サウンド的には、SD-1系っぽくも有り、TS9系っぽくも有る。
まぁ、所謂4558サウンドだが、イコライザーの定数設定が抜群によい。
弄りたいところがちゃんと弄れるから、思った通りの音が出てくる。
こうなると、これの歪増大バージョンの007を試したく成る。
でも、予算が…。orz
 
で、結果的にZOOM G3に戻ったわけだが、デジタルエフェクトとは言えかなり優秀だってことが改めて解った。
確かにデジタル特有の音やせ感あるが、解像度やヌケの良さは従来のアナログエフェクターじゃ太刀打ち出来ない。
工夫すれば痩せも軽減できるし、TDC005と併用する事で、鮮明な中にもウォームなサウンドを紛れ込ませることも出来る。
 
結果的にG3に戻ったんだが、例のハウリング問題が解決しないので、やっぱ歪み系はアナログに移行したいなぁ〜とちょっと思う。
何か良いペダルはないかなぁ〜?www
今まで色んな曲を聞いていろんな事を思ったけど、どんな曲があったかをざっくりと思い出してみた。
洋の東西を問わず、ノンジャンルでリストアップしたけど、ハードロックやヘヴィーメタル系は出来るだけ避けた。w
つか、それ入れると膨大な数になるんで、1000曲くらいにしないと収まらないからさ。www
できるだけ年代順に揃えたが、オレが聞いた順でもあるので、中には時代が前後してるのもある。
1980年以前はオレも記憶が曖昧になってきてるので、まぁ、概ねってことで…。
 
 
1)1966年 薔薇が咲いた(マイク真木)https://www.youtube.com/watch?v=hNHlyGgcpdM
音楽が楽しいと思わせてくれた最初の1曲
オレは産まれたばかりで、やっと1歳半だったが、家にあったウクレレを抱えて一生懸命歌ってたと母親に聞かされた。
其の頃の記憶なんか無いが、確かに今でも歌詞は覚えてるわ。w
 
2)1972年 I Gotcha (Joe Tex) https://www.youtube.com/watch?v=cXoaupox2IA
初めて洋楽を知った切っ掛け。
母の妹がくれたEPレコードの中に混じってた1曲。
これは強烈だった。
当時洋楽と言えば、ロックではなくソウル・ミュージックを指す時代だったので、これはどっちかといえばスタンダードだったと思う。
とくにモータウン系はテンプテーションズみたいな有名グループも居て、ソウル=モータウンって感じでも有った。
 
3)1964年 My Girl(The Temptations)https://www.youtube.com/watch?v=6IUG-9jZD-g
 
4)1966年 Aint Too Proud To Beg(The Temptations)https://www.youtube.com/watch?v=RfyFI-4ZsaE
 
5)1969年 Gimme Shelter(The Rolling Stones)https://www.youtube.com/watch?v=oOYlcXF0ok4
 
時代が前後するが、テンプテーションズは、70年ころにそのベスト盤の8Trカセットを発見し(家にあった)ので、よく聞いてた。
そのせいで、小学校に入る前には、既に完全に洋楽ファンになってた。w
 
6)1965年 Yesteday(The Beatles)https://www.youtube.com/watch?v=S09F5MejfBE
ビートルズの名曲。当時は叔母さんのレコードなどから聞こえてくるの音しか知らなかった。
そんななかで、ビートルズとローリング・ストーンズは比較的よく聞こえてくる方だった。
好き嫌いで言えば、どっちでもない感じで、オレはモータウンのコーラスグループ(テンプテーションズ等)の方に興味があった。w
 
7)1965年 Poupee De Cire, Poupee De Son(France Gall)https://www.youtube.com/watch?v=s5aeeSmkPwQ
多分、オレが今やってるバンド「Phantom of sorrow」の楽曲に最も影響を与えてるかもしれない曲。
この60年代の哀愁感は絶対的だと思う。
 
8)1964年 The House of the Rising Sun(Animals)https://www.youtube.com/watch?v=WyHu6XRiLWU
元はトラッドフォークの作者不詳のスタンダード。この曲をカバーしてるバンドやアーティストは多いけど、日本じゃアニマルズなんじゃないかな?
オレも、これでこの曲知ったしね。
 
9)1965年 Don't let me be Misunderstood(Animals)https://www.youtube.com/watch?v=mfwN0X8YnWo
で、アニマルズといえばコレかな?
日本では尾藤イサオの「悲しき願い」として有名だろうと思う。
「だ〜れのせいでもありゃしない、みんなオイラが悪いのさ〜」ってフレーズが有名。w
でも、本家はアニマルズなのよ。
 
10)1964年 The Sound of Silence(Simon & Garfunkel)https://www.youtube.com/watch?v=4zLfCnGVeL4
サイモン&ガーファンクルの名曲。
知らない奴は居ないだろ?w
 
11)1966年 Scarborough Fair(Simon & Garfunkel)https://www.youtube.com/watch?v=BYQaD2CAi9A
これも、サイモン&ガーファンクルの名曲。
 
12)1970年 El Condor Pasa(Simon & Garfunkel)https://www.youtube.com/watch?v=pey29CLID3I
時代が前後しちゃうけど、サイモン&ガーファンクルと言えば、これもだよな。w
 
 
13)1966年 My Generation(The Who)https://www.youtube.com/watch?v=7xZOrWK6d4g
演奏後に楽器をぶち壊すパフォーマンスはWhoが最初だったと思う。
司会者の呆れ顔がおかしい。w
 
14)1963年 BE MY BABY(The Ronettes)https://www.youtube.com/watch?v=jrVbawRPO7I
今、BE MY BABYといえば、コンプレックスの方を指すんだろうけど、本当はコレなんだよ。w
オレが生まれる前だが、ヒットしてたので1970年頃まではそこら中で掛かってた。
このプロデューサーだったフィル・スペクターは最近第2級殺人で服役したらしい。w
 
15)1964年 Oh, Pretty Woman(Roy Orbison)https://www.youtube.com/watch?v=8x2tG4X0cdc
VAN HALLENとかもカバーしてるので、一応ロック!?w
コレがオリジナル。
 
16)1964年 You Really Got Me(The Kinks)https://www.youtube.com/watch?v=-2GmzyeeXnQ
VAN HALLENといえば、コレもだな。
オリジナルはキンクス。
https://www.youtube.com/watch?v=Bg1UG0GwIKc
この当て振り口パク動画と比べると面白いかも。w
 
17)1965年 ワンサカ娘(Sylvie Vartan)https://www.youtube.com/watch?v=1-TmysiV4gY
レナウンのCMソングなのだが、当時はフランスが流行っており、France Gallといい、Michel Polnareffといいヒットした中にフランス人が多い。
この曲も何故かシルヴィーヴァルタンが歌ってる。w
でも、この60年代の空気感はものすごい好きだ。
 
18)1965年 Stop! In The Name Of Love(Diana Ross & The Supremes)https://www.youtube.com/watch?v=UGJQPkfwlAc
これもヒットした。
シュープリームスの名曲。
 
19)1966年 Land Of 1000 Dances(Walker Brothers)https://www.youtube.com/watch?v=pMkQ94tIcgM
日本では「ダンス天国」として有名。
ウォーカー・ブラザーズのこの曲は、70〜80年代の日本のロックにかなり影響してると思う。
hip hip shake って言葉もここから来てるしな…。w
 
20)1967年 L'amour est bleu(Vicky Leandros)https://www.youtube.com/watch?v=JV-sQOdIBAc
これも有名で、やっぱりオレの作曲に影響してると思う。どうもフランス好きみたいだな、オレ。w
68年に日本語バージョンも歌ってたらしいが、オレは知らない。w
日本語バージョンは、森山良子「恋はみずいろ」としか知らないなぁ…。
 
21)1967年 Daydream Believer(Monkees)https://www.youtube.com/watch?v=nU615FaODCg
忌野清志郎がカバーしてて知ってる人も多いと思う。
オリジナルはモンキーズのコレ。
 
22)1967年 Light My Fire(The Doors)https://www.youtube.com/watch?v=deB_u-to-IE
もうロックとか言うジャンルを乗り越えて、時代を象徴してたような曲ですな。
ロックファンじゃなくても知ってる曲としては当時コレがナンバー1だったと思う。
テレビとかでフツーに流れてたもの。
オレもこのオルガンの音がカッコイイと思ってテレビから流れる度に聞き入ってた記憶がある。
で、これもやっぱ60年代の時代の混沌さを表してると思う。
 
23)1967年 A Whiter Shade of Pale(Procol Harum)https://www.youtube.com/watch?v=Mb3iPP-tHdA
オレの中では、DoorsのLight My Fireとセットで覚えてる、60年代の代表曲の一つ。
「空きっ腹に団子」のソラミミで有名かも。w
 
24)1967年 Purple Haze(Jimi Hendrix)https://www.youtube.com/watch?v=fjwWjx7Cw8I
出ました!ジミヘン!これはテレビでも結構流れたので、知ってる人は多いと思う。
オレも初めて聞いたのは、確かテレビだった。
でも、意識して聞くようなるまでにはもう10年位掛かるんだが、初めて聞いたのは68年頃だったような…。
リンクはウッドストックじゃなくて、あえてコレで。w
 
25)1967年 You Keep Me Hanging On(Vanilla Fudge)https://www.youtube.com/watch?v=YFabNBveHOk
時代を象徴といえば、これもそうですな。
グラム・ロックとか、サイケデリック・ロックとか言われてた時代のロックは、ジミヘンよりも、むしろこっちだったような気がする。
 
26)1968年 HEY JUDE(The Beatles)https://www.youtube.com/watch?v=eDdI7GhZSQA
ビートルズですが、他にも毎年数曲のヒットが出てたはずなんですが、何故かオレにはピンと来なかったらしく他の曲の記憶が殆ど無い。
 
27)1968年 Jumpin'Jack Flash(The Rolling Stones)https://www.youtube.com/watch?v=eQSGw0hMd_I
当時、テレビで流れてくるローリング・ストーンズはコレが定番だった。
曲名を知るのはもっとずっと後の話だが、「ゲスゲスゲ〜ス♬」だけは印象に残ってた。w
 
28)1969年 Born To Be Wild(Steppenwolf)https://www.youtube.com/watch?v=rMbATaj7Il8
ロックらしいロックはコレが初めてかも。
丁度、ベトナム戦争時代の真っ只中だったので、オレの記憶にも割りと強烈に残ってる。
 
29)Venus(The Shocking Blue)https://www.youtube.com/watch?v=auoArgmzqN4
飲み屋のバンドでは定番の曲だが、オレが聞いたのはこの頃。
やはりテレビで流れてたのが印象的だった。
薄暗い曲が多い60年代の曲だが、なんか新しい時代を感じさせる曲だったので、あまり暗い印象がない。
 
30)1969年 Tout,tout pour ma chérie(Michel Polnareff)https://www.youtube.com/watch?v=GL7gxqk0fkU
「シェリーに口づけ」と言った方が、通りがいいのだろう。
これも、Poupee De Cire, Poupee De Sonに並び、オレの楽曲作成に大きな影響を与えてる。
つまり、オレはフランステイストが好きなのかな?w
71年作品だと思ってたが、改めて調べてみると69年だった。
記憶が曖昧になってるな…。w
 
31)1969年 Les Champs Élysées(Joe dassin)https://www.youtube.com/watch?v=M4C6cqo4EjY
所謂「オー・シャンゼリゼ」です。
やっぱフランスモノだなコレも。w
 
32)1970年 Layla(Derek and the Dominos)https://www.youtube.com/watch?v=sw01019P19g
当時はデレク・アンド・ドミノスとして発表されたレイラ。
クラプトンの代表曲に成ってるけど。
AR(アダルトロック)の元祖って感じの曲。
ラジオで流れた時はカッコイイ!って思ったけど、当時はまだモータウンに興味があった。w
 
33)1970年 Irresistiblement(Sylvie Vartan)https://www.youtube.com/watch?v=EN9YJQQHQPQ
ワンサカ娘で有名になったシルヴィー・ヴァルタンのヒット曲。
やっぱり、フランス語。w
 
34)1970年 Close to you(The Carpenters)https://www.youtube.com/watch?v=87XQKCXfFjQ
 
35)1971年 Rainy Days And Mondays(The Carpenters)https://www.youtube.com/watch?v=PjFoQxjgbrs
 
36)1972年 Top of the world(The Carpenters)https://www.youtube.com/watch?v=Q8AM356TXZ4
 
37)1973年 Yesterday Once More(The Carpenters)https://www.youtube.com/watch?v=IgdNg20hJ7I
この辺のカーペンターズは洋楽好きなら絶対に聞いてるはずだし、聞いてないとしたらもうそいつは洋楽ファンとして信用出来ない位のスタンダード曲ですよ。w
 
38)1970年 Paranoid(Black Sabbath)https://www.youtube.com/watch?v=NZyVZFJGX5g
 
39)1970年 Iron Man(Black Sabbath)https://www.youtube.com/watch?v=sSRQCMq1gB8
ブラック・サバスの初期の定番。
叔母さんに連れられて行った薄暗い、煙だらけで爆音で音楽が掛かってる喫茶店の中で聞かされた。
怖い魔物に連れ去られるような感覚になって小学生だったオレはビビりまくってた。w
 
40)1970年 Move Over(Janis Joplin)https://www.youtube.com/watch?v=M0E6TMHy_RA
これも喫茶店で掛かってた定番だった。
 
41)1970年 Raindrops keep falling on my head(B.J.Thomas)https://www.youtube.com/watch?v=ZIqxnYZZNB8
日本では https://www.youtube.com/watch?v=TSu9LOEM9T0 
こっちの方が有名だろう。
 
42)1970年 Get Up (I Feel Like Being Like A) Sex Machine(James Brown)https://www.youtube.com/watch?v=8mjQ1i5V7qA
特に書くこと無いくらいゲロッパ。
 
43)1970年 Summertime Blues(The Who)https://www.youtube.com/watch?v=yQpiv2vNmV8
元々はエディー・コクランの58年のヒット曲。
でも1958年はオレ生まれてないので、こっちしか知らない。w
 
44)1971年 Get It On(T-Rex)https://www.youtube.com/watch?v=bOjCjXfG9yg
ゲリロンです。
小学生の頃にコレもテレビで掛かった。
なんかアメリカの生活紹介みたいな番組だった。
 
45)1972年 学生街の喫茶店(ガロ)https://www.youtube.com/watch?v=yY3GRzzTYU0
 
46)1973年 心の旅(チューリップ)https://www.youtube.com/watch?v=sZ516KXCnyg
 
47)1973年 てんとう虫のサンバ(チェリッシュ)https://www.youtube.com/watch?v=Py-TgwxQ9EE
 
48)1974年 岬めぐり(山本コータロー&ウィークエンド)https://www.youtube.com/watch?v=oyStLvzjaeA
 
49)1975年 我が良き友よ(かまやつひろし)https://www.youtube.com/watch?v=fHAeIQl8hZA
この辺の一連のジャパニーズフォークソングは、当時はテレビやラジオで頻繁に流れる所謂歌謡曲だった。
なので意識ぜずとも日常の中で流れていた。
でもオレは洋楽に飢えてたので、一生懸命洋楽探しをしててこの辺をちゃんと聞き返すのはもう少しオトナになってからだった。w
 
50)1971年 Melody Fair(Bee Gees)https://www.youtube.com/watch?v=h-6kKCX2q1I
ウチに、なんか映画サントラ集みたいなLPレコードが合って、其の中に入ってた。
小さな恋のメロディーのサントラに入ってた曲。
 
51)1971年 Take It Easy(The Eagles)https://www.youtube.com/watch?v=AEzTdBJUHO8
軽快なアメリカらしい曲。広大な土地を彷彿とさせるカントリーチューン。
初めて聞いたのはラジオだったと思う。曲名が不明なまま数年過ごし、1980年のライブアルバムを買うまで曲名が解らなかった。w
やっぱイーグルス好きだなぁ〜と思う1曲。
 
52)1971年 Beautiful Sunday(Daniel Boone)https://www.youtube.com/watch?v=trV28xINNpU
田中星児が「さわやっかな日曜〜」とか歌ってるのを聞いた時は、あまりに残念で倒れるかと思った。w
 
53)1971年 Metal Guru(T-Rex)https://www.youtube.com/watch?v=AHcI8KlmlLw
これもテレビだった。
当時は殆ど曲名が解らなくて、後にベスト盤などを買うことで判明していった。w
これも、中学に入ってからベスト盤を手に入れて曲名を知ることに成る。
 
54)1973年 SING(The Carpenters)https://www.youtube.com/watch?v=iYjcNR7W-Ow
カーペンターズの名曲。沢山ありすぎて思い出すのが大変だ。w
 
55)1973年 Desperado(The Eagles)https://www.youtube.com/watch?v=iDNtqy0zjJA
イーグルスの名曲。これも後にベスト盤買って曲名を知る。
 
56)1973年 Piano Man(Billy Joel)https://www.youtube.com/watch?v=8sFlBJ1Jk3w
これがビリー・ジョエルだと知るにはこの後5年位かかるが、ラジオから流れた時はいい曲だと思った。
 
57)1973年 Long train running(Doobie Brothers)https://www.youtube.com/watch?v=tnD0eVdHJfI
定番のドゥービー・ブラザーズ。
今更説明の必要なし。当時から大ヒットで洋楽系ラジオでコレ掛けない番組はなかった。
 
58)1974年 SKY HIGH(Jigsaw)https://www.youtube.com/watch?v=mudlXF3MA8Q
このイントロのバックで、「あちゃー!」とか言えば「燃えよドラゴン」でも使えそうなイメージのイントロで、ガキの頃オレの友達の間で流行った。w
 
59)1974年 The Loco-Motion(Grand Funk Railroad)https://www.youtube.com/watch?v=jxyU4W8iyeI
グランド・ファンクの曲は、アメリカン・バンドよりもこっちの方が有名だろう。
テレビでも頻繁に流れてた。
 
60)1974年 Jambalaya(The Carpenters)https://www.youtube.com/watch?v=-4o86juvMEE
 
61)1974年 Please Mr Postman(The Carpenters)https://www.youtube.com/watch?v=AHfddvbKb4w
またもカーペンターズ。70年代歌謡のヒットメーカーだったので沢山出てくる。
 
62)1975年 Can't Give You Anything(The Stylistics)https://www.youtube.com/watch?v=nlQ8te4BOhY
スタイリスティックスと言えばコレってくらいだよね?
オレは小学校高学年で、丁度ディスコブーム真っ最中。
スタイリスティックスは全盛期だったんじゃないかな?
 
63)1975年 Saturday Night(Bay city rollers)https://www.youtube.com/watch?v=FJjI6SXFFPc
当時、日本の女の子たちが皆夢中になってたイギリスのアイドルグループのヒット曲。
ジャンルは洋楽ロックになってるが、今で言えばイギリス版ジャニーズ。w
 
64)1975年 Stand By Me(John Lennon)https://www.youtube.com/watch?v=O4_ghOG9JQM
ベン・E・キングよりも、こっちの方が日本では有名。w
 
65)1975年 An Old Fashioned Love Song(Three Dog Night)https://www.youtube.com/watch?v=c2WyBTGm8J4
もう懐かしくて涙出るよこれ。
 
66)1975年 Bohemian Rhapsody(Queen)https://www.youtube.com/watch?v=fJ9rUzIMcZQ
ロックを意識して聞くように成って、ラジオから流れたこの曲がどうにもロックに聞こえなくて難儀した想い出がある。w
 
67)1975年 Sailing(Rod Stewart)https://www.youtube.com/watch?v=FOt3oQ_k008
この当時は完全に引きこもりでラジオばかり聞いてた記憶がある。w
洋楽ばかりを必至に聞いて覚えようとしてた。
 
68)1976年 Dancing Queen(ABBA)https://www.youtube.com/watch?v=xFrGuyw1V8s
ロックやソウルではなく洋楽の歌謡曲としてヒットしてた。
 
69)1976年 Hotel California(Eagles)https://www.youtube.com/watch?v=h0G1Ucw5HDg
今更説明の必要もない、70年代のアメリカンロックを代表する名曲。
歌詞が暗喩の連続で、色んな解釈を産んだ曲。
オレは歌詞の意味など気にせず(だって解らないものw)そのアメリカンロックらしからぬ哀愁ただようメロディーが好きだった。
 
70)1976年 Dream On(Aerosmith)https://www.youtube.com/watch?v=hHRNSeuvzlM
当時ロックはイギリス、アメリカはカントリーとソウルミュージックみたいな時代に、アメリカのロックはコレだ!みたいな感じの売り方だった。
アメリカ版ローリング・ストーンズみたいな位置づけだった。
 
71)1976年 Europa(Carlos Santana)https://www.youtube.com/watch?v=7Bvw1dgHpOg
ギターの神様みたいに言われるが当時はただのオッサンだとおもってた。
インストの曲で初めて心に残った曲かも知れない。
 
72)1976年 Jolene(Olivia Newton-John)https://www.youtube.com/watch?v=hU-Et_ei2a0
元は大御所ドリー・パートンの曲のカバー。
日本ではシングルカットされたので有名だが、本国アメリカや他の国ではドリー・パートンの曲として認知されてるはず。
当時のオリビアはカントリー歌手として売ってたので、カントリーのナンバーが多いのだが、今で言うアイドル歌手なので、本格的なカントリーソングではなく、キャッチーなカントリー風フォークとかロックなのが多い。
 
73)1976年 Take Me Home, Country Roads (Olivia Newton-John)https://www.youtube.com/watch?v=uHOTmMpux9E
元々はジョンデンバーのヒット曲だが、オリビアがカバーしてる方が日本では有名でしょう。
オレも例に漏れず、このバージョンでこの曲を知りましたよ。w
アコースティックギターのスリーフィンガーって奏法を知ったのもこの曲でしたな。
で、アコースティックギターが面白そうだと思って、指で弾くことを始めた切っ掛けでもある。
 
74)1976年 Love Is Blind(JANIS IAN)https://www.youtube.com/watch?v=naGt-FFL7Ww
この当時は、洋楽ベスト10的な番組がラジオなどで組まれるようになり、以前よりも比較的洋楽に触れることが容易になった時代だった。
洋楽に飢えてたオレはテレビよりも、ラジオで洋楽を漁ってる時間の方が長かったなぁ〜と思う。
なので、この頃の洋楽ソースは殆どがラジオだった。
 
75)1976年 Hard Luck Woman(KISS)https://www.youtube.com/watch?v=ZaKwIfqbKhM
ラジオから流れてきた中で、この曲はとても印象的だった。
後にコレがKISSの曲だと知った時のショックも含めて、強烈な印象だったよね。w
 
76)1977年 WE WILL ROCK YOU(Queen)https://www.youtube.com/watch?v=-tJYN-eG1zk
 
77)1977年 We Are The Champions(Queen)https://www.youtube.com/watch?v=hSTivVclQQ0
中学時代に本格的に洋楽ロックを聞くように成った。
当時リアルタイムは、KISS。とクイーンとエアロスミスだったなぁ…。
 
78)1977年 Wuthering Heights(Kate Bush)https://www.youtube.com/watch?v=BW3gKKiTvjs
絶対この人狂ってるとおもってた。w
メロディーと声が強烈で1度聞いたら忘れない。
 
79)1977年 Night Fever(Bee Gees)https://www.youtube.com/watch?v=-ihs-vT9T3Q
 
80)1978年 Stayin' Alive(Bee Gees)https://www.youtube.com/watch?v=I_izvAbhExY
当時アメリカで流行ってるのは何?って従姉妹に聞いたらコレだと言われた。
ハードロックを期待してたオレとしてはつまらないと思ったが、レコード買ってしまったので、しかたなく聞いてた。w
でも、リズムとかハーモニーは影響受けてるかもね。
 
81)1977年 The Stranger(Billy Joel)https://www.youtube.com/watch?v=bnlvPoDU5LY
 
82)1977年 Just The Way You Are(Billy Joel)https://www.youtube.com/watch?v=HaA3YZ6QdJU
AR(アダルトロック)の先駆者ビリー・ジョエルのヒット曲。
どっちも素直にカッコイイと思ったが、これがピアノマンと同じ人なのか?と疑った記憶がある。
 
83)1977年 Will you dance(Janis Ian)https://www.youtube.com/watch?v=pFgfbV60I1s
忘れちゃいけない、ラジオヘビロテのこの曲。
お洒落だったなぁ…メロディーも洗練されてて好きだった。
 
84)1977年 Fantasy(Earth wind and fire)https://www.youtube.com/watch?v=twICykaRRvY
これもラジオでよく聞いた曲。
今じゃ定番でコレ知らない洋楽ファンは居ないだろ。
 
85)1978年 Hello Mr.Monkey(Arabesque)https://www.youtube.com/watch?v=hjqUX7YuvSg
ディスコブームも後半戦でそろそろ下火って時に流行った曲。
みんなコレで踊ってた。w
今思うと、新興宗教みたいだったよ。w
 
86)1978年 You Really Got Me(Van Halen)https://www.youtube.com/watch?v=9V6VBKsO-Fk
さっきの口パクとは違う、OFFICIALPVバージョン。
ヴァン・ヘイレンの登場はショッキングだった。
ハードロックの未来の姿を見せてくれた最初のバンドだった。
ロック史においては、1968年のジミヘンの次にロックを変えた人だったよね。
丁度10年だしね。
この頃からオレはとにかく聞く量が増えたんで、ぜんぶは紹介できないよね。
 
87)1978年 Copacabana(Barry Manilow)https://www.youtube.com/watch?v=DJTBfbQoTNk
コパカバーナもラジオ向けだったね。
よく流れてた。
 
88)1979年 Don't Stop 'Til You Get Enough(Michael Jackson)https://www.youtube.com/watch?v=ZorRGrDiMsA&feature=related
まだ黒い頃のマイケル・ジャクソンのヒット曲。
もうこの時点で楽曲にスリラー等の80年代の爆発ヒットの徴候があるよね。
 
89)1979年 Dschinghis Khan(Dschinghis Khan)https://www.youtube.com/watch?v=pzmI3vAIhbE
このひょうきんな感じが受けたのか、これも大ヒットした。w
 
90)1979年 In the Navy(Village People)https://www.youtube.com/watch?v=InBXu-iY7cw
 
91)1979年 Go West(Village People)https://www.youtube.com/watch?v=1wc-AQJ2MYo
この2曲もジンギスカンと並んでヒットしたがどっちも「ホモソング」のレッテル貼られてた。
どうしてだろうね?PVがホモっぽいからかな?w
 
92)1979年 Hot Stuff(Donna Summer)https://www.youtube.com/watch?v=mRwjYZzvGkY
ディスコブームの終焉を飾る名曲だった。
 
93)1979年 Honesty(Billy Joel)https://www.youtube.com/watch?v=SuFScoO4tb0
一方ビリー・ジョエルは着実にヒット曲を量産してた。
ARの先祖としては素晴らしい功績だった。
イケメンだったし、甘い声だったし、今はハゲたオッサンだけど。
 
94)1979年 MOSKAU(Dschinghis Khan)https://www.youtube.com/watch?v=99E9Uw-grpo
ジンギスカンで受けて、モスクワでも受けた、ジンギスカンのヒット曲。
ディスコ調なのが時代を感じさせる。
でも、ディスコブームがなかったら、日の目を見なかったグループだと思う。
 
95)1979年 Gimme! Gimme! Gimme!(ABBA)https://www.youtube.com/watch?v=XEjLoHdbVeE
ディスコブームに乗って出したABBAのディスコナンバー。
これも売れた。
でもこの後、ディスコブームは去った。w
 
96)1979年 My Sharona(The Knack)https://www.youtube.com/watch?v=bbr60I0u2Ng&ob=av2e
一方ロックでは80年代前夜に色んなのが出たが、そのなかではコレが一番おもしろかったんじゃないかな?
時代が変わるよって言うのが感じられる曲だった。
ロックにメッセージが必要なくなった事を、イーグルスよりも分かりやすく教えてくれた。
 
97)1979年 I Was Made For Lovin' You(KISS)https://www.youtube.com/watch?v=CmELf8DJAVY
KISSまでもがディスコブームに乗ろうとした。
もう終わりかけてたが一応ヒットはした。でも多分日本だけでしょうな。w
 
98)1979年 Video Killed The Radio Star(The Buggles)https://www.youtube.com/watch?v=W8r-tXRLazs&ob=av2n
デジタルポップサウンドの先駆者的存在。
この後、ラジオボイスも含めデジタル音で構成されたポップスが流行るようになるから、道を作ったと言う意味ではやっぱパイオニアなんだろうな。
 
99)1979年 Message in a bottle(The Police)https://www.youtube.com/watch?v=ObL3L6MRvN4
当時最新のサウンドだった。
SUM41とかそこら辺のバンドの始祖にあたると思う。
 
100)1980年 Any Way You Want It(Journey)https://www.youtube.com/watch?v=2VgcZqt-mSk
後に、全米No1を獲得するジャーニーの曲。
ここから本格的な「産業ロック時代」が始まったといえるね。
で、80年までで100曲になっちゃった。w
結構沢山端折って来たんだが、全然足りないね。
80年まででも、この3倍は紹介したい曲があるし、聞いただけの曲も含めると多分1000曲超えると思うけど…。
取り敢えず、100曲。
又機会があれば、1980年以降の曲で100曲やるかもしれない。w
「お花畑運動」とか言って浮かれているオレしか知らない人が以下を読んだら面食らうかもしらんが…。
 
オレは物事は全て相対的に存在してると思っている。
つまり、単独では存在し得ない。
必ず其れに対当するか依存するかする形で、2つ以上の事象が存在している。
最小単位は2つ。
コレはこの世の全てに適応できる原則だ。
つまり右が有れば左が有る、裏が有れば表もあるみたいなことだ。
 
其れを考えた時に、善は単独では存在し得ない。
単独に成った時点で、それは善ではなくなるからだ。
つまり、対当する悪があってこその善なんだよな。
 
正義はその「善」を内包している。
つまり、正義は有る特定の善を集めた「コンパクトな善」と解釈できる。
なので、その内容のチョイスに寄って様々な正義が存在する。
 
そのちょっとずつ違う内容の正義をまとめるためには、全てにおいて対当できる「絶対悪」みたいなものが必要になる。
それが、今のイスラム国(テロ組織)なんじゃないかな?
今その絶対悪であるイスラム国が必要以上に暴れるから、バランスを欠いているだけだと思う。
 
また人類は、常に生け贄を必要としてるってことでも有るんだろう。
つまり生け贄を捧げることで残された人の和平を得るみたいな思想。
イスラム国は真に全人類の生け贄と呼ぶにふさわしい。
世界中から忌み嫌われ、彼らが抹殺されることには何の異存もない状態が今構築されている。
 
仮に、念願かなってイスラム国が壊滅したらどうなるのだろうか?
相方を失った正義は自身だけでは存在できなくなって、また世界がバラバラになるだろう。
正義Aから見た正義Bは悪に見える。と言うか、悪ということにしなければ、正義Aは成り立たない。
で、各地でそれぞれの正義を存続させるために、別な小競り合いが世界中で発生する。
それが、武力抗争なのか、経済摩擦なのかは知らん。
人が正義を重んじる以上、悪は無くならないし、勧善懲悪思想が無くならない限り、争いは無くならない。
 
つまり、今何を論じても無駄だと思っています。
正義を貫くには其れに対当した悪が必要であるってこと。
今、アメリカやフランスの正義を満足させるには、イスラム国が必要なんですよね。
イスラム国を空爆することでアメリカやその属国の正義を主張してる。
イスラム国にはイスラム国の正義が有り、その正当性を満足させるためにテロに走る。
立場が違えば、どっちも正義だったりするわけです。
正義Aと正義Bですな。w
なので、オレに出来ることは祈るしか無いという結論なわけです。w
クダラナイ正義を捨てて、本質的な善悪で判断できるような優れた人類だけが生き残って欲しいと本気で思う。
 
でも、それは叶わないんだろうなぁ〜と思いつつ、別な解決法を考えると…。
人類は自分たちの安全を確保するために、ライオンを檻に入れた。
そして、普段の平和を確保するために、犯罪者も檻に入れることにしました。
今後この解釈をもう少し広げて、思想的劣等種も檻に入れる時代が来るかもしれません。
今の日本が段々そうなりつつある感じがして嫌ですね。w
其の優劣は「コンパクトな善」によって左右されるってのが一番の問題です。
人類は悲しいかな絶対善や絶対悪を結実することが出来ないんですから。
 
とか、書くと多分色んな人が心配すると思うけど、ご心配なく。w
変な宗教に入ったわけじゃないです。w
脳内トレーニングみたいなもんです。w
 

夏に行っていたクラウドファンディングについて、多方面から問い合わせがあったので、まとめ的に記録しておきます。

結論から言うと、国民性の問題でしょうな。
正直、日本人にはクラウドファンディングの概念は無理があるかもしれない。
アメリカやヨーロッパでは「寄付」と言う行為が日本よりもポピュラーで、そう言う土壌があるからこその効率よいシステムだとは思うけど、日本人が同様にこのシステムを利用しようとすると、幾つかのハードルを超えなきゃならない。

1:日本における歴史が浅すぎる。
つまり、日本向けにローカライズされ切っていない。
だから、概念は理解できても、そのシステムの概要や趣旨が理解されないため賛同しようとする人はまだまだ少ない。

2:クラウドファンディング会社自体がまだノウハウを身に着けていない。
基本的に、SNS等を通じて展開するクラウドファンディングであり、多くの「賛同者」が居ないと成立しないシステムなのだが、そのプロジェクトを立ち上げた人が居るコミュニティーの法則を全く無視した独自の方法論で賛同者を集めようとするので、中々賛同を得られない。
この辺のノウハウというよりも、会社側担当者の理解度に大きく左右されると思う。

例えば我々の場合、「ロックバンドがCDを作る」と言うテーマでプロジェクトを立ち上げたが、一部のファンの方からは暖かく迎えられたが、其れ以外の多くの人からは割りと冷たい目で見られてしまっていた。
Twitterなどでも、我々のプロジェクトに批判的なつぶやきが散見でき、まだクラウドファンディングに対してのシステムや趣旨の理解が足りないと感じたが、この辺のサポートこそ必要なサポートであるのに、会社側からは的確なサポートは得られなかった。
これは、実際に自分たちの交友関係を超えた所で如何に賛同を得るかという部分が鍵になるわけだが、その「知り合いの壁」を超えることは容易じゃないし、そのノウハウこそが必要なノウハウだと感じた。
日本の会社にはまだそのノウハウは無い。

この辺が、国民性にも関わってくるが、出資や寄付が当り前ならば、割りとハイペースでこの手の話は拡散されると思う。
其の根拠は、ボランティア系の話だと達成率が高いからだ。
ちょっと途中経過を端折ってしまったが、この考察と根拠のつながりがわからない人はクラウドファンディングには向いてないだろう。
寄付慣れしてない日本人でも、ボランティアって言葉には弱い。
つまり「善行」には「美徳」がついてくるので、ボランティアですと言うと、寄付なんかもすんなりする訳だが、そうじゃないと成ると懐疑的になるのであまり同調はされない。

もう一つは公共性。
公共性がないとお金は出さない傾向が強いので、海外のクラウドファンディングの様に「ベンチャー企業が出資者を募る」とかそう言うシチュエーションのプロジェクトはあまり成功していない。
そのベンチャーが公共性の高い仕事をするなら話は別だが、この辺は国民性に立脚していて、どうにもならない日本独自の問題だと思う。

3:マニュアル絶対主義。
これは、そのクラウドファンディング会社にも依るのだろうし、担当者の考え方にも依るのかもしれないが、我々の担当者(キュレーターと言うそうだ)は、非常に頭が硬かった。
ロックバンド的な単価を考えた時に、オレ自身は最低3000円から出資者を募ろうと思っていた。
3000円出してくれれば、出来上がったCDをお渡ししますと。
しかし、クラウドファンディング会社からそのプランはNGが出た。
単価が低すぎるというのだ。
其の理由が「単価が低いと目標達成するに人数が必要になり、達成が難しい。」とのことだ。
恐らくはマニュアル通りの指導だったのだろう。
一理あるとは思うが、それはロックバンドを取り巻く環境が解ってない事の現れだ。

4:プロジェクト実行者の環境を理解しようとしてない。
概ね、公共性とは無縁なロックバンドのCD制作と言う、至って内向的な個のプランに対してクラウドファンディングの成果は期待できない事は、実行する前から予測はしていたが、環境に添った方法を取れば充分に達成可能だとも思っていた。
しかしクラウドファンディング会社側のその辺の理解度がとても低かった。
つまり、クラウドファンディング会社(の担当キュレーター)は、先に触れたようにロックバンドの実態を知らない。
だから、マニュアルどおりの方法論を貫こうとするが、ロックバンドを取り巻く環境を理解していれば、単価の問題や、キックバックの設定など、もうすこし現実的なプランが提案できるのではないかと思い、逆にこちらからアドヴァイスするが、ほとんど受け入れられなかった。
まぁ、向こうは実務が伴ないうので、リスクは背負いたくないし、例外も作りたくないのだろう。
しかしそこを恐れていてはノウハウ不足は解消しないし、まだまだ発展途上と言わざるをえない。

5:クラウドファンディング自体が軽薄に見える。

よく無駄に座談会などを開いて名刺交換して「これでボク等の意識が高まったよね!?」とか言いながら、その実何も変わってない「意識高い系」みたいな連中と同じ軽薄さを感じるわけだ。
こういう場面で本当に為になってその座談会での話題を実践で生かせるのは、参加者のウチの本の一握りだけ。
多くは、参加することに意義がるかのごとく参加して終了。
そういう連中が多く存在することで、その座談会自体が物凄く軽薄に見えてしまう嫌いがあるが、クラウドファンディングにもその軽薄さを感じてしまう。

其の原因は2つ。
1)多くは達成せずに終了している。
2)クラウドファンディング会社というものの存在自体の疑問。

1)については、取っ掛かりが簡単なため、始めるのは簡単だが、成功するのは難しい。
でも始めた連中は高テンションで、失敗するやつほどテンション高い。
これは座談会に出席した意識高い系と同じ構図だ。
座談会に出席するのは簡単だが、座談会の内容を実際に活かすのは難しい。
しかも生かせないやつほど、テンションが高い。
だから構図として、軽薄に見えるのだ。
まぁ、好みの問題だと思うが、オレはちょっと鼻についた。

2)については、資金集めをしてその達成した中から2割り程度の手数料をクラウドファンディング会社に支払うのだが、この形態はつまり広告代理店と同じだ。

通常の広告代理店なら依頼者の力が及ばない範囲まで広告展開をしてもらえるとか、広告自体を作ってもらえるとか、そう言うノウハウも含めての料金なので、なるほど納得がいくが、クラウドファンディング会社はどうだろう?
クラウドファンディング会社は、プロジェクトの広告展開をする上での媒体をプロジェクト立ち上げ者のSNSを使っている。

言い方が悪いが、マトモなノウハウもない。ノウハウがないから的確なアドバイスもない。宣伝をしてくれるわけでもない。お座なりのwebページを作っただけで、2割の手数料をよこせと言うクラウドファンディング会社自体を信用出来ないと言う問題がオレには有った。


そもそもクラウドファンディング会社のwebsiteにアクセスする必要があるのだろうか?
例えば、オレはバンドのホームページでネットショップも経営している。
そこではカード決済も可能になっているので、自分で宣伝して寄付をもらうなら、そこで何らかの商品を購入してもらっても良いわけだ。
クラウドファンディングを利用して唯一得られる利点は、「クラウドファンディング」と言うお題目が使えることだけ。
そういう部分の疑念は最後まで無くならなかったが、まぁ実験ということでやってみたわけだ。



ということで、今回のようなプロジェクトでは、知人友人以外での賛同者が中々得られない事がわかった。


打開策として思いつくのは、

1:SNSのフレンドなどを沢山集めること。
インターネットを介在して広げるシステムですから、SNSの等での「友達」は最も重要な賛同者候補になります。
なので、フレンド申請をバンバンしまくって最低でも1000人規模のフレンドが必要だなと思いました。
Facebook、Twitter、mixi、他にも沢山のSNSがありますが、最低でもこの3つは日本では鉄板なので、フォローしておきたい。

2:プロジェクト・プランに公共性を持たせる。
これは限界があるとは思うが、「自分たちだけが得をする」ようなものは当然受け入れられない。
自分たちのプロジェクトにどれだけの公共性をもたせられるかが一つの鍵だろう。

3:キュレーターの言いなりにならない。
クラウドファンディング会社の趣旨にも寄るが、キュレーターの言いなりでは、現実的では無いプランを提示され、成功までの道のりが遠くなる。

4:空気感を大切にする。
キュレーターは場の空気を読めないから、的確なアドヴァイスは出来なくて当然なのだ。
このことに早く気づいていれば少しは違ったかも知れないが、今回は初めてなので、作法を学ぶ意味でも言いなりに成ってみた。
結局オレは初めてのクラウドファンディングだったため、9割方キュレーターの言いなりでプロジェクトを推進したが、これは明らかに失敗だった。
もっと場の空気を読んで、空気にあった進め方をすべきだったろう。

5:いっそ自分で立ち上げる。
出来合いのwebショップアプリを利用して、煩雑なカード決済の代行手続きをガマンすれば、自分でやれてしまう。
其の方が、自分たちの環境に成った方法で展開できる。
クラウドファンディング会社でプロジェクトの宣伝をしてくれないのであれば、会社に手数料払ってまでやる意味が無い。


まぁ、雑感的にはこんな感じだった。
クラウドファンディング会社に務める方が居れば、ユーザーの生の声として参考にして欲しい。
未来の有るシステムだと思うので、もっと日本人向けにちゃんとローカライズされて欲しいと思う。

以上でした。

思うことや言いたいことが山盛りで、何処から話そうかなぁ〜?と思うんだが。
 
オレがガキの頃によくテレビでは「懐メロ特集」とか言われる戦前から戦後間もない頃迄の歌謡曲やヒット曲がオムニバス的に流れるという番組があった。
つまり、当時40代50代だった人たち向けに、20年前、30年前のヒット曲を流して、昔を懐かしむという趣旨だ。
そこには、オレの知らない歌手や音楽家がわんさか出ていて、お袋や婆ちゃんは喜んでそういう番組を見てた。
 
オレは、その番組が嫌いでね。w
曲自体は素晴らしい物ばかりで、オレも好きな物が多かった。
ギターの古賀メロディーとかはやはり素晴らしいとしか言いようが無いし、美空ひばりだって日本を代表するシンガーだと素直に思う。
けどねぇ、番組趣旨として懐メロってどうよ?って思ってたわけ。
 
オレは本当に物心付く前からバイオリン教室などに通っていたため、音楽は聞くものじゃなく、奏でるものだという意識がどこかに有った。
なので、「懐メロを聞く」という行為は自分の物じゃなかったんだな。
物がわかるように成って、自分の立ち位置を理解した後は、クリエイターとして自分を見ているので、「懐メロを聞く」のはリスナーさんの仕事で、クリエイターとしてはむしろその「未来の懐メロ」を提供するのが仕事だと思うようになっている。
コレは今でも変わらない。
 

今の邦楽ロックシーンを創生した80年代デビューの日本人バンドマン達がその全盛期を終え、今「懐メロ」として復活している。
まぁつまりガキの頃に見たテレビの「懐メロ特集」をそこらのライブハウスでやってる感じだ。
確かに自分もその世代であるし、50を過ぎて昔を懐かしむことが多くなったが立場が違う。
勿論自分は当時そのロックシーンを創生したアーティストではない。
かと言って、当時それらを好んで聞いたリスナーでもない。
 
つまり、その「懐メロシーン」にはオレの居場所は無いのだ。w
 
この疎外感と言うか何というか…自分の身の回りの同世代やその前後の親しい世代が、こぞって懐メロに没頭している中で、一人シラケているってのは本当に切ない。
オレには当時のリスナー程、80年代デビューのアーティスト達に対する思い入れもないし、彼らに迎合した所で、営業的利益も無いから無理に絡む意味も無いのだ。
  
まぁ、懐メロを楽しむことは悪いことじゃないし、それ自体は批判する気もない。
ただ、自分は懐メロを懐かしむよりも、今を生きて居たいと思うわけだ。
オレにも懐かしい曲は有る。
しかし、それを懐かしんで聞いてるよりも、20年後、30年後の懐メロを如何に生産するかって事の方がオレには物凄くリアルなだけだ。
 
まだしばらく、オレには懐メロは要らないな…。
実は、いつ加入していつ辞めたのかよく覚えてない。w
其のくらい自然に通過した感じがする。
と言うか、加入前からバンマスの谷藤氏とは結構な親密度で付き合いもあり、辞めた後もヴォイスワークス札幌のお世話になっているので、別に険悪になって辞めたわけじゃない。
なので、本当にいつからいつまでがオレの在籍期間だったのか定かじゃないというか、よく覚えてない。w
まぁ、ブログとか漁れば出てくるんだろうけど、そこまでして確認するような話でもない。

大切なのは、recallが15年続いてるって話だ。

オレは概ね4年ほど在籍してたらしい。
谷藤氏のMCではそういうことになってる。
その間何をしてたのか…。
旧来のアコースティックな曲をエレキバンド用にロックアレンジしたり、新曲のアレンジしたり…結局在籍中にrecallの為には曲は書かなかった。
というよりも、書けなかった。
完全にロック畑のオレ…というか、バカのひとつ覚え的にロックしか知らないから、recallのような無国籍かつノージャンルなバンドで演奏する曲などどう書くべきか分からなかった。w
なので、旧来の曲も「○○風な感じにするよ!」って事で、イギリスの某モンスターバンドをこれでもかってほど意識したアレンジを施した。
まぁ「ロック」をより音楽的に分かりやすくするにはちょうどよかった。
ダブルネックギターも使ったしね。w
オレが加入する前、recallは「アコースティックロック」と名売ってた。
今だから言えるが、オレ的に「アコースティックがロック」ってのは違和感があった。
ロックってそもそもバンド形式であるはずだし、エレキギターが発明されてから出来たジャンルなので、アコースティックロックってのはその造語感からも違和感ありすぎた。
イギリスの某モンスターバンドは、アコースティックな曲も演るけど、それはケルト民謡やトラッドフォークの焼き直しだったりするわけで、いわゆる「ロック」とはちょっと違う路線になる。
 
で、仮にもロックバンドだって言うなら、普通にロックしましょうよって思ったんだよね。
しかし、いざエレキ楽器に置き換えるとこれまた色々と問題が出た。w
オレも含め皆さん日本人でして、グルーヴがロックにならない。www
バックビートがちゃんと取れないんだよね。
ともすると、モタるか、ただ遅いだけになる。
これを克服するのは本当に至難の業だった。
オレは物心ついた頃から洋楽にどっぷり浸かっていたのでまだなんとかなったが、他のメンバーはそこまでロックに浸かってないから、和洋折衷と言うか何というか、いまいちロックのグルーヴが出ないんだよね。
どこか歌謡曲の体を残したまま進行する。
 
多分ね「歌」だと思うんだよね、原因は。
皆、歌を重視しすぎる。
だから、全体のサウンドがお座成りになってしまう。
 
ロックって確かに歌詞と言うか歌も重要だが、それ以上にリフやビートが重要だと思うんだよね。
だから、歌がない部分でのリフやビートがちゃんとしてないとロックに聞こえない。
でも、日本のロックの殆どが「歌」を作ってしまっていて、「曲」を作ってない。
歌にコードを載せてなんとなくジャラジャラ弾き語って、それで一応完成みたいな人が多すぎる。
recallも当初はそうだった。
だから、オレにはロックに聞こえなかったんだよね。
なので「演奏を聞かせる」部分を数多く取り入れた。
イントロ、間奏、エンディング…これらは歌う人にはどうでもいい部分かもしれないが、ロックバンドはここが大切と言うほど重要な要素だ。
イントロ聞いただけで「あの名曲だ!」ってわかる曲あるでしょ?
ディープ・パープルのスモーク・オン・ザ・ウオーターとか、イーグルスのホテル・カリフォルニアとかね、イントロ1フレーズで「あーーー!」ってなる。
そこに個性を盛り込む。
日本のロックバンドでこの域に達してるバンドって殆ど無い。
だから、殆どのバンドがロックに聞こえない。
 
そこでオレは強烈なイントロや、唐突な間奏をふんだんに取り入れたんだが、曲の余りの変貌ぶりにみなさん躊躇したようで、本当に慣れてもらうと言うか、形にするのに半年以上かかった。
でもなんとか形にしてアルバムを制作したんだけどさ。
出来たアルバムはエスニックな感じも取り入れてて、某モンスターバンドっぽさが増してしまってかなり笑ったけど、あれは狙ったからって誰にでもできるアレンジじゃないと自負している。
 
自分が手がけた曲はほぼイメージ通り仕上がってるし、まぁ文句はない。
原曲が良いせいもあるが、十分ロックのテイストで聞いてもらえると思う。
谷藤氏の歌はどちらかと言えばパワーボーカルで、存分にシャウトしてもらえるようにかなり派手でスピード感あるアレンジをしたり、逆にゆっくり歌うことで怪しさや哀愁なんかも出せるようなアレンジもした。
 
今のrecallは誰がマスターアレンジャーなのか知らないが、オレがいた頃より歌のウェートが重くなったような気がする。
それに今日見たrecallはオレが在籍した当時から見ると随分とお洒落になった。
サックスが入り、谷藤氏は立ちボーカルから、キーボードを本格的に弾く事でアレンジの幅を広げてゴージャス感が増していた。
まぁ、一言で言えばJロックとでも言うか、recallなりの歌謡重視のスタイルを確立しつつあるんだろう。
ステージも「谷藤勝彦と仲間たち」的な佇まいになってて、メンバー全員が同列で個性をぶつけ合ってる感じはしない。
むしろ、谷藤氏の歌をどうコンプリートさせるかを他のメンバーが全員で考えてるような感じを受ける。
 
だから、逆にオレがいた頃は、recallはロックの勉強をしてたんじゃないかと。。。
今はその勉強が終わって、recallなりに噛み砕いた結果を演奏して居るようにも見える。
それが証拠にオレが加わった演奏は、其の前後のrecallとは異質な空間が広がったと思う。
まぁ、ステージでの個性のぶつかり合いとでも言うか、その個性をぶつける感覚が既にロックなんだけど、今のrecallはそこまではしない。
だから、オレが加わると結果ぶち壊すんだろうなと…。w
 
結論から言うと、オレはやっぱ辞めて正解だった。
オレがいたら、今のrecallは無いだろうし、ただ小煩いロックバンドでしか無かったろう。
オレが辞めた直後は、オレの付けた方向性を踏襲するスタイルだったけど、いつの間にか路線が変わってて結局今の方がよりrecallらしい。
多分お客さんが求めてるrecallの音はこれなんだろうなって思う。
オレが出してた音はお客さんが求めた音じゃないし、バンドが求めた音でもない。
やっぱ、学習期間とでも言うかそれまでのrecallに足りない要素を植え付けてる期間だったなと思うわけだ。
実験的なことも多々やったしね。
 
ま、20週年に向けて頑張ってほしいなと。
オレはオレで、Phantom of sorrow 結成10週年に向けて頑張りますんで。w
※ちなみに今7年目です。w
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